毎日夕方5時半ごろに入る、非通知電話
今から20年前の2005年4月、私はある地方都市にある大学の医療系のコースに入学した。半年前に子ども2人を連れてその町に移住し、子育てとパートをしながら一般受験して合格したのだった。夫は仕事のある町に残り、週末は、子どもに会いに来るという暮らしだった。
梅雨が終わるころ、そろそろ初めての期末試験が始まるころだったかと思う。子どもと暮らすアパートの固定電話に、夕方になると非通知電話が入るようになった。非通知電話拒否設定だったため発信音が鳴らず、着信アリの点滅で気付くことが多かった。ナンバーディスプレイの液晶画面には、「非通知」の文字。たまに受話器を取って「もしもし」と話しかけても、相手は無言だった。
そのうちに、携帯電話にも非通知電話が入るようになった。一日に何度も、夜中や明け方にも着信記録が残っている。「いったい誰なのか。」固定電話の番号や私の携帯番号を知っているのは、子どもと私の学校関係者ぐらいしかいないはずだった。夜中や明け方にかけてくるはずはなかった。
なぜか「文系」扱いが始まった
そのころなぜか、同級生たちから「文系」扱いされるようになった。同級生といっても、私はすでに40歳、彼らから見たらお母さんと大して変わらない年齢だ。仲良くしてくれるのはありがたかったが、突然始まった「文系扱い」に違和感を覚えた。「センター試験の数ⅠAで失敗したからかな?でも、点数まで教えたかな・・・?」ぐらいに受け取っていた。実際には、現役時代は工学部電気工学科だった。卒業後も電機メーカーでエンジニアとして何年か働いた。夫は、2社目の電機メーカーで知り合った、同僚だった。
そのうちに、私のプライバシーが丸ごと別物にされていくようになった。「文系扱い」だけでなく、子どもと暮らしていることや、年齢、経歴まで、全く別人に仕立て上げられている。そう感じるようになった。期末試験を終え夏季休暇に入ってすぐ、私は学務に「転学部」を申し出た。シラバスに「転学部」という制度があることは、入学してすぐに知っていた。授業の内容にあまり興味がもてなかったこと、そのうち始まる病院実習に不安があったこと、そして、私に関する事実と違う情報が嫌だったこと。これが原因である。
理学部化学科へ
行先は、同じキャンパス内にある理学部化学科に決めた。生化学を勉強しようと思った。学務に言われたとおり、12月に入ったころ理学部化学科の教務の教授に相談しに行った。後期の授業は一般教養と専門必修科目しか出なかった。その代わり、他学部の興味のある科目に登録し、授業を受けた。驚いたのは、同級生たちが数人、その授業を覗きに来たことだ。そこまでされる覚えはなかった。薄気味悪かった。学内のハラスメント相談室にも相談した。担当は名前から察するに朝鮮出身と思われる女性の教授だった。話は聞いてくれたが、結局「はっきりとした証拠が掴めないので、何もできない。」という対応だった。これが、この後も延々と続く。
年が明けて2月、大学入試の2次試験が終わったころ、理学部化学科の転学部試験を受けた。面接だけだったが、教授陣を目の前にして緊張したことを覚えている。3月、転学部が決まった。その夜、子どもたちと夕食後にテレビを見ている時だった。理学部への転学部が決まったこともあり、私自身がほっとしていたせいか、3人ではしゃいでいた。まさにその時、非通知電話があった。私の様子から察したのか、子どもたちも静かになった。受話器を取って話しかけた。「はい、**です。もしもし・・・」「・・・・・・・・・・・・・・」相手は無言だった。いつもより長い沈黙に耐えきれなくなって、こちらから切った。そして、逃げるように医学部を後にした。
