現在、高市政権の是非を問う解散総選挙の真っただ中である。我が家にも今日(2026.1.30)投票権が届いたので、さっそく期日前投票してきた。小選挙区は「房総の底力!森 英介」、比例は「自由民主党」と書いた。
いつも思うのだが、鉛筆で記入すると、書き換えられてしまうのではないかという不安が残る。「選挙不正は当たり前」の創価学会のような集団がいるのだから、1枚の投票所入場券が不正に使われないような対策が必要かと思う。せめてボールペンにするとか、「いいねボタン」のようにインターネット投票で投票が完了すると同時に数が表示され、書き換えるとその場で見えてしまうようなシステムにするとか、不正選挙を本気で防ぐ対策に着手してほしい。
加えて、「組織票の価値をどうするか」についても以降の内閣の課題ではないだろうか。選挙不正当たり前!の創価学会の組織票のようなものを「1票」としていいのか。真剣な有権者の意見が、組織票で無効にされないように、ぜひ、議論に乗せてほしい。
今回話題になっているのが、「中道改革連合」である。支持者激減でつぶれそうな左派の政党が生き残り戦略として連合を組んだー大方の見方はこういうものだと思う。そして、その体制にも驚かされた。比例の1~3位をすべて公明党で独占し、立憲民主党は小選挙区しかない、という公明党が支配する体制である。「なぜ、立憲民主党はこの条件を呑んだのか?」
そこに何らかの取引があったのか。そして、党の方針は「中道人間主義」一部では、「中道とは中国共産党への道」という言葉もささやかれている。仏教用語であるという人間主義。これについて考察し、この連合の本性を解き明かしたい。
まず、「中道」ってなに?
単純に思いつくのは、「右でも左でもない、真ん中」である。
一般的には、「右」は、安倍元総理や高市政権が掲げている「保守」「日本ファースト」であり、それが「日本という国を守り、日本国民の命と暮らしを守る」勢力と解釈している。
一方の「左」は、グローバリズムであり、「日本と日本国民の利益よりも明治維新以来日本を支配している外国勢力の利益を優先する勢力」そう解釈している。
ならば「中道」は、どうなるのか。上の解釈からすると、「保守でもあり、グローバリズムでもあり」もしくは「どちらでもない」ことになる。
中道改革連合の公式ホームページを見てみる。

中道改革連合は、「生活者ファースト」を政治の原点に据え、平和を守る人間中心の社会の実現を目指す。
『中道改革連合公式ホームページ』より
まず、「生活者ファースト」である。他にも、「イデオロギーで分断を煽る勢力」に対する懸念や「多様な価値観・生き方」「共生」「支え合い」を尊重し、「対話と包摂を重んじる中道」を掲げている。
つまり、中道改革連合は、「グローバリズムのための対話と包摂を重んじる政党」なのである。
- 生活者ファースト・・・日本人に限らず日本で暮らす外国人も含めての「生活者ファースト」
- 多様な価値観・生き方・・・移民(異国)の方々、マイノリティ(LGBTQなど)の価値観・ 生活習慣・ルールなど
- 共生と支え合い・・・移民やマイノリティ(LGBTQ)の方々と支え合いながら、仲良く暮らすこと
言葉の表面だけをざーっと読むと、当たり障りのない、いい言葉に感じてしまうように書かれている。しかし、きちんと考えてみると、その意味は「グローバリスト勢力である」ことを表している。創価学会と立憲民主党はそもそも左派である。創価学会を「保守」ととらえている人も多いようだが、「保守」は2代目戸田城聖まで。池田大作氏は全体主義者であり、中国共産党(コミンテルン)のエージェントでもあった。
中道改革連合は、「グローバリスト勢力」なのである。そもそも、「改革」である。
ここで言わせてもらう!
分断を煽っているのは、創価学会だ。創価学会を否定するだけで「仏敵」認定し、延々と集団ストーカーで迫害しているのはお前たちだ!そこには「多様な価値観や生き方」はおろか、「信教の自由(信じない自由)」さえ無い。「どの口が言う?」
では次に、「人間主義」って、なに?
ここでもう一度、前述の一文を引用する。
中道改革連合は、「生活者ファースト」を政治の原点に据え、平和を守る人間中心の社会の実現を目指す。
『中道改革連合公式ホームページ』より
後半部分、「平和を守る人間中心の社会の実現を目指す」。これが、「人間主義」なのかなと思ってしまう。
しかし、「平和を守る」この言葉が「人間」にかかるのか「社会」にかかるのか、で意味が変わる。
- 「人間」にかかるとき・・・「平和を守る人間」を中心とした社会
- 「社会」にかかるとき・・・「平和を重んじる、人間を中心とした」社会(人間以外は?)
前者の場合、「平和を守る人間」つまり、従来から「平和」「憲法改正反対」「非武装」を掲げてきた創価学会・公明党のことであり、外国勢力の言いなりである自分たち中心の社会を意味するように聞こえてしまう。「創価学会中心の社会づくり」である。
深読みしすぎかもしれないが、ここ、要注意です。
さらに突っ込むと、「平和を守る」=「戦争しない・できない」「非武装」ということであり、それ自体はいいことのように聞こえる。しかし、その目的は、「2050年の世界地図」の実現のためである。つまり、「日本の中国属国化」である。

この地図の実現のために、中国共産党と創価学会は、日本を非武装のままにしておきたい。それを「平和を守る」という言葉ですり替えている。(すり替えるの得意だから。)
トランプ大統領のアメリカが、「アメリカはもう世界の警察はやらない。日本も自分の身は自分で守れ。」つまり、日米安全保障体制は実質機能しないと宣言した。だとしたら、独立国として最低限の専守防衛のための準備は必要であろう。「それさえも、許さない」という立場をとるのが、中国共産党と創価学会である。「ただただ中国に従えばよい。」ということだ。
では本題の「人間(中心)主義」に戻る。
創価学会誌と思われる文書「創価教育研究第4号 人間主義を学ぶー池田・ゴルバチョフ対談『20世紀の精神の教訓』からー 勘坂 純市著」によると、池田大作氏は、周囲から共産主義国ソ連への渡航(ゴルバチョフ氏との対談)について理由を尋ねられた際、「そこに人間がいるからだ。」と答えたそうだ。
さらに、現地の識者の言葉として、次のように書いてある。
「池田」会長の社会運動家、宗教家らしい人間主義、平和主義は、「どうしたら人間は幸せになれるのか、生きがいのある人生を築けるのか」、という情熱からきている。
「創価教育研究第4号 人間主義を学ぶー池田・ゴルバチョフ対談『20世紀の精神の教訓』からー」 勘坂 純市著
この問いを行動に表した結果、イデオロギーの異なるロシア人との友好関係を築くことができた。となっているが、このあたりの成功体験をもとに、「人間主義」が掲げられているのではないだろうか。
この記事の中で、「マルクス主義」の「急進」「前衛」「知識」「外在的規範」「ロゴス(言語)中心」のそれぞれの主義に対して、人間主義では「漸進」「民衆」「知恵」「内在的規範」「言語の虚構性」主義が当てられている。
初めに理性的な存在がもたらした「神」「イデオロギー」といった外なるものによって与えられた「外在的規範(理論)」があり、それに沿って「前衛」となる一部の「急進的」な知識エリート集団が、「ロゴス(神の言葉)」を使ってその他大勢である民衆を導いてゆくーこれがここでいう「マルクス主義」の特徴と解釈した。いわゆる「寡頭支配体制」「中央集権」。
これに対し池田大作氏の「人間主義」は、外なる存在である「神」や「イデオロギー」「理論」によって知識エリートなど一部の前衛中心に始まるものではない。あくまで「内在的規範」、すべての人間に内在する自発的な「知恵(欲求)」の発露によって、「民衆」の側から「漸進的(地道に)」わき起こるものであり、このとき「ロゴス(言葉や理論)」ではなく、「行い、行動」で示されるのだ。
矛盾に満ちた現実を生きていく力は、「自由や責任という人間の内発的な精神性である。」・・・抽象的な理論が示す「法則」がすべてを決めるのであれば、「人間であること自体」が否定されてしまう。「自らの行動によって運命を切り開いていく力」、人間の知恵を出発点とすべき・・・
「創価教育研究第4号 人間主義を学ぶー池田・ゴルバチョフ対談『20世紀の精神の教訓』からー」 勘坂 純市著
「人間には、不可能を可能にする力と知恵がある。たいそうな理論ではなく、その一人一人の持つ知恵の発露を出発点とすべきだ。」
これが、中道改革連合のいう「人間主義」の根本なのだろうか。言わんとしていることは、なんとなくわかる。「イデオロギーや理論よりも、生活者目線ですべての人が大切にされる政治、行動でで示す政治」。では、政治政党として、これをどう政治に生かすのか。どんな政策を展開するのか。
中道改革連合「5つの柱」
一つ、これまでと大きく変わっているのが、「第4の柱 現実的な外交・防衛政策と憲法改正論議の深化」である。”日米同盟と平和外交を軸とした、国民の平和と安全を守る現実的な外交・防衛政策を進める”(令和8年1月15日)
この間まで、日中国交正常化以来、中国べったりでつい最近まで(今も?)「日米同盟」を破壊するための抗日工作を続けていた創価学会。立憲民主党も親族の事業で中国と利益供与の関係にある岡田克也氏の、国会での誘導尋問をきっかけに中国共産党の高市批判を引き出した。何れも、つい最近まで中国共産党の利益のために動いていた政党のはず。
「現実的な外交」に方針転換か。いや、それにしても、変わり身早いですね。両党とも。公明党はこれまでも、その時の状況によって右に左に軸足を変えてきた。この辺が、信頼されない理由ではないか。
「中道人間主義」一人一人を大切に、人間の持つ運命を切り開く力を信じ、その発露によってトップダウンではなくボトムアップで未来を作っていく政治。それはいいとして・・・。
あら捜ししたくないのだが、
- 第1の柱 脱原発を目指しながら、原発を再稼働?器用ですね。脱炭素社会、まだやるの?
- 第2の柱 政府系ファンド?それ自体は悪くないのでしょうが・・・。
- 第3の柱 これはやはり、移民推進か?
これらは自民党や他党と被る内容でもあるとは思うが、日米同盟を基軸にするならば、自民党と変わりない。野党の意味はあるのか?これまで公明党や立憲民主党が野党であった所以は、日米同盟より中国との同盟(いずれも属国化)を重視していたからなのでは?
「中道人間主義」との関係も含めて、有権者獲得のため、現実路線をとったためか、かなり無理して方針転換している。日和見的と言われても仕方がない。だったらいっそのこと、与党野党で対立するのは終わりにして、単純に超党派で国民が望んでいること、『外国勢力から日本を守る』、これをやってもらえませんか。
- 消費税、社会保険料軽減で、国民の可処分所得を増やす。
- 人工パンデミックや人工災害(地震・気象災害など)を使わない景気対策
- とにかくみんなが必要とするもの、エネルギーと食料安全保障を確実にする。
- 国土・領空・領海を守る
よりベーシックな政策で、全ての人に恩恵が行き届くようなことを党や派閥で対立せず粛々とやってほしい。差別化しなくていいから…。
外国勢力とそこにつながる特権階級が支配し続ける政治。
違憲とさえ言われている消費税さえ、廃止できない。総理大臣になった途端に、言わなくなる。
それが、明治維新以降の日本の大失敗なのである。
いい加減、そこから目を背けず、堂々と国会の場で議論にのせてほしい。
これは、中道改革連合に対してだけではない。すべての国会議員に言っている言葉だ。
「王仏冥合」そのための「広宣流布」は、憲法違反である可能性
創価学会2代目会長戸田城聖氏は、次のように考えていた。
そこにおいて戸田は、日蓮の教えを紐解きながら「王法」と「仏法」が一体化すべきだと訴える。王法とはすなわち一国の政治であり、仏法とは一国の宗教を指す。「広宣流布」によって国民皆が日蓮正宗の信者となれば、自ずから日本国の政治はそれと一致したものとなる。結果、平和な世の中が訪れるー。ごく大雑把に言えば、それが、「王仏冥合」である。
『創価学会秘録 池田大作と謀略と裏切りの半世紀』 高橋 篤史著
「王仏冥合論」は、戸田城聖が昭和31年8月から翌32年4月まで『大白蓮華』に連載したもので、宗教と政治の関係をことこまかに説いたものであり、戸田の言に従えば、仏法の教えを基盤にした政治が行われたときにこそ、優れた政治が行われたことになる。そのために、一人でも多くの学会以外の民衆に学会の真意を理解させることによって、政治への足掛かりとする。政治への進出がまた民衆への「広宣流布」となる。
『変質した創価学会 現創価学会大幹部の告発』 漣 悟空著
つまり戸田城聖氏は、日蓮の教えを理解し、それをもとにした政治を行うこと「王仏冥合」が、平和な国につながる。そのためには創価学会以外の民衆にも日蓮の教えを広めていき「広宣流布」、信者を増やし政界に進出していく。この考えをもって、信者を政界に送り込んでいった。
これはずばり、「政教一致」のことを言っているのではないか。「政教一致するぞ!」ということではないのか。
実際に1969(昭和44)年の言論出版妨害事件から、創価学会と公明党の「政教一致」が問題になり、池田大作氏が「政教分離宣言」を行なった。しかし実際には政教分離は行われていないことは王仏冥合という言葉からして当たり前のことなのだ。
特に特定の宗教団体である創価学会を母体とする公明党が政権に参加していることについては、多くの識者が、憲法20条1項後段の「いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力をこうししてはならない」との信教の自由を制度的に保障する「政教分離」規定に抵触する疑いがあると指摘している。
『藤原弘達 創価学会を斬る 41年目の検証』言論出版の自由を守る会編
公明党と創価学会の「政教一致」に関しても、違憲の可能性が指摘されているにも拘らず、スルーされしまう。これもやはり、消費税を廃止できない理由と同じ、特権階級の利益のためである。
しかし、創価学会女性部(婦人部)は、聖教新聞と人間革命以外はほとんど読まないので「政教一致」という批判も「どこ吹く風」なようである。
池田大作氏を教祖とする「池田教」へ
さらにもっと大きな問題として、創価学会は宗門である日蓮正宗との対立の結果、1990(平成2)年に日蓮正宗を追放されている。以降は池田大作氏を教祖とする「池田教」過ぎない。前述の「日蓮の教え」のところを「池田大作名誉会長」としなければならないのだ。宗教家として本格的な修行を積んだわけでもなく、在家信者として創価学会という「なんちゃって宗教」の中でのし上がっていった池田大作という人物。
1970年代、まだ日蓮正宗の一派であった時から、
- 2代目戸田城聖会長の「獄中の悟達」こそが、創価仏法の原点である。
- 自身の著作「人間革命」を「現代の御書」とする
- 創価会館は寺院と同格
- 在家であっても供養は受けられる
といった宗門をないがしろにするような動きや池田大作その人を創価学会の宗教的指導者とするような動きもあった。結果として、破門されるに至る。
そして「池田教」への流れの中で、「王仏冥合」の解釈も次第に捻じ曲げられてゆく。
「王仏冥合とは、権力との戦いである。化儀の折伏とは、王仏冥合の達成である。」
(昭和40年大白蓮華「」質問会)
『変質した創価学会 現創価学会大幹部の告発』 漣 悟空著
「さらに王仏冥合の原理について言及しますと、立正安国の『立正』が『仏』であり、『安国』が『王』になります。仏法でいう王とは・・・主権在民の現代では、民衆が王であり、社会が王なのであります。」
(昭和45年6月号『大白蓮華』「特別講演」)
『変質した創価学会 現創価学会大幹部の告発』 漣 悟空著
このように、在家信者のサークル活動である創価学会は、3代目会長池田大作氏を教祖とする「池田教」の教えに基づいたものと言ってもいいのではないだろうか。池田氏の時代からの創価学会の闇の活動については前回でも触れた。そもそも集団ストーカーを日常的に行う集団である。
右の動画は「つばさの党」さんの動画です。
中道改革連合は、池田教である創価学会を母体とした公明党が、「王仏冥合」と「広宣流布」を目的に支持者激減で存続の危機に瀕した立憲民主党を丸め込み野合したグローバリスト勢力であり、これは憲法にも抵触する「政教一致」に他ならないのである。
創価学会の選挙とは・・・?
2月8日の選挙投開票日まで1週間を切り、古参の創価学会員である実母(83才)は毎日せっせと愛車で出かけていく。前回2025年7月の選挙の時も、つい1週間前に大腸がんの手術をしたばかりだというのに、同じように朝からいそいそとどこかへ出かけて行った。選挙前はいつもこうなのだ。おそらく、公明党の選挙応援で出かけていくのだろう。かつてはウグイス嬢(婆さん)もやったらしい。
創価学会女性部(かつての婦人部)の選挙活動は強力な集票マシーンとしてよく知られている。一方で、「票を稼ぐためには選挙不正も当たり前」、明らかに公職選挙法に触れていることも実際にある。実母が当時まだ大学生だった私の娘に、「公明党に投票しなさい。」と指示したと聞く。ユーチューブ動画でも、元創価学会信者が選挙不正や集団ストーカーを自白しているようなものも事実存在する。
当たり前のように行われている創価学会の選挙活動、その実体を少し前の書籍ではあるが、『創価学会婦人部 最強集票軍団の解剖 創価学会問題研究会著』(2001年7月初版)という書籍をもとに、解剖してみたい。
今回の選挙は、「高市政権の是非を問う選挙」ということで2026(令和8)年1月19日に告示された。解散総選挙自体は昨年末から噂されていたので、あまり驚きはなかった。それに先立つ1月16日、公明党と立憲民主党は新党の名称を「中道改革連合」とすることを発表。この連立の動きも昨年10月の自公連立解消時から始まっていた。それでも、意外だった。
創価学会女性部の選挙活動は、通常の選挙であれば3か月前から始まる。
地域の学会員が座談会のように集まり、幹部が指示を出す。目的は、
「F票をゲットせよ!!」
「F票」というのはよく知られている「フレンド票」で、友人でも親戚でも何でもいいから「投票を確約せよ!」ということだ。そしてそのために、自分を中心とする家系図を作るのだそう。そしてこの家系図には、親族のみならずただの友人から習い事や行きつけの場所での知人までも含まれている。

自分を中心に五等親まで親族を入れ、加えて学生時代の友人や職場の同僚、習い事や行きつけの店の知人までありとあらゆる知り合いをターゲットにF票獲得を目指して活動せよ!ということである。そして、これをもとに名簿を作成し投票日まで電話、直接訪問などの集票活動を行うというのであるが…。
そもそもこれは選挙の目的である、
「自分たちの命やささやかな暮らしを守るためにだれに投票すべきかを自分で判断し、大事な1票を自分で選んだ人に託す」
という大前提に照らし合わせて考えると、明らかにおかしいのである。
このようにして獲得した「よく考えない有権者の組織票」が、選挙結果を左右してきた戦後の日本の政治は、根本的におかしいのである。「多ければいい」という数の論理では、いい政治はできない、量より質が大事なのだ。1票の重みが大事なのだ。
投票日1か月前、「同盟題目」(?)
婦人部の同盟題目とは、平日、あるいは休日、会員がブロック単位で集まり、朝から夕方まで途切れることなく、会員が交代で公明党当選祈願のために題目を唱え続けること。・・・題目100万べんの目標を立て、当選をひたすら祈願するのだ。
『創価学会婦人部 最強集票軍団の解剖 創価学会問題研究会著』より
これに関しては「好き好きでしょう」という意見もあると思うし、学会員が減少している今、ここまで行っているかはわからない。しかし、「題目唱えて」とか「祈りの力」で政治をやってもらっては困るのだ。あくまで、現状をよく調査し何が問題かを洗い出し、それに対して解決策を練るという「現実・事実」に基づく政治をすべき。「みんなで題目唱えて政治を動かそう!」などという勢力に政治に関わってもらっては困るのだ。あくまで事実に対して具体的に対応する政治でなければならない。
宗教活動・布教活動と同じ乗りで、我々の暮らしに直結する政治に口出されたら、迷惑なのだ。そもそも、正当な宗教団体ですらない。政治的偽装工作集団でしかない創価学会には、その資格すらない。脱税した法人税払って解散してもらうしかない。
ついでにすべての集団ストーカーのターゲットに慰謝料払いなさい。
投票日10日前
「〇月〇日 戸田記念講堂集会 東京・巣鴨」ここには活動者全員の出席が義務付けられている。そして、F取り体験談や立候補者のスピーチなどが行われる。この時の立候補者のスピーチが笑える。
「負けてしまっては池田先生に顔を向けることができません。勝たせてください。何としても勝って池田先生にお答えしたい。」
『創価学会婦人部 最強集票軍団の解剖 創価学会問題研究会著』より
ちなみに今は「原田先生のため」か?
池田でも原田でもどうでもいいが、「創価学会会長」ために政治やってもらっては創価学会以外の国民は迷惑なんだよねー。同じことが書いてあるので引用する。
特定教団の指導者のために当選したいと公言する政治家に対し、憲法で信教の自由が保障されている国民の税金が使われることに、問題はないか。
『創価学会婦人部 最強集票軍団の解剖 創価学会問題研究会著』より
「学会員個人個人の政党支持は、自由であることを再確認しておきたい」(1994年11月10日、創価学会・総務会での決定事項)
『創価学会婦人部 最強集票軍団の解剖 創価学会問題研究会著』より
建前上、信者の投票の自由が確保されているらしいのだが、実際はそうではなかった。確保した「F票」の数までチェックされるような選挙活動の中で、それに異を唱える、ましてや他党の候補者に投票するなどできるのか。実質、選挙の自由はないと書かれている。
選挙投票日当日の「連れ出し」とは・・・。
選挙当日の選挙活動は公職選挙法に抵触する。しかし、そんなことはお構いなし。ゲットした「F票」を確実にするために、「車で乗せていきますよ。」などと甘い言葉で誘い、投票所まで連れていく。「必ず票にする」という執念が感じられる。
最強集票軍団は、このように徹底した管理体制の下で作り上げられる。あたかも、軍隊や中学高校のちょっと厳しい部活動のようなノリである。
いったいなぜここまで選挙にのめりこむのか。
「選挙運動は、私たちの信仰活動の一部なんです。」この言葉はまさに、彼女たちにとっての「王仏冥合」を体現しているのだ。
「自己満足」そんな言葉も浮かぶ。
近年では、若い信者の学会離れが加速し、ここまで厳しい選挙活動はもうすでに過去のものかもしれない。しかし、残った古参信者は逆に使命感に燃え、「必勝」を掲げて選挙活動を繰り広げているのではないだろうか。がん手術後の体に鞭打って毎日出かけていく実母を見ていると、一体何のための選挙なのか、果たしてこれが日本の明るい未来につながるのか、疑問だけが残る。
創価学会そのものが「病んでいる」とさえ思う。実際、創価学会員が多いところでは、精神疾患の患者が増えるのである。

元データ:創価学会の比率が高い都道府県ランキング 精神保健福祉資料
創価学会という組織の特徴の一つとして、「言行不一致」がある。ここにも書いたとおり、言っていることは素晴らしい。戦略として、多くの人が素直に納得してしまいそうな言葉や学歴エリートやブランドなども使って自分を美化してみせる。しかしその実体は、いわゆる国際金融資本ともイルミナティやデイープステートともいわれている日本内外にいる外国勢力の抗日工作部隊、スパイ組織である。「犯罪のデパート」であり、国内外の特権階級の利益のために、日夜偽装工作をしている集団である。当然、「人〇し」もやる。
当然選挙活動も、他党のレベルでは済まされないのである。
ちなみに108の「1」と「8」は創価学会ナンバーです。
中道改革連合とは、そしてその裏に居座る特権階級・・・
このように中道改革連合とは、創価学会と公明党が「創価学会インターナショナル 池田教」の教え「中道人間主義」を会得した者たちによる政治、「王仏冥合」を実践するための装置として、立憲民主党を踏み台にして野合したコミンテルン(中国共産党など)のグローバリスト政党である。外国勢力の利益ために政治を行う道具として仏法を用いる「政教一致」する集団である。
そしてもっと本質的なことは、この国内外の外国勢力とつながる特権階級は、日本の政治自体を上から支配し、中道改革連合だけでなく他党にもいる。さらに経団連の大企業や高級官僚の中にもいる。これらの特権階級は、反国民分子(反日分子)を使って、自分たちの利益のために国民から搾取し続ける。だから、国民がいくら訴えても、心ある政治家が動いたとしても、声は消され、政治家は口封じとして抹殺されていくのである。
これが、日本の「真の闇」なのである。

