理由はわからないけれど、突然今よみがえってきたあのころの記憶があるので記録しておく。
2005年信州大学医学部保健学科(作業療法専攻)に40歳目前で入学した。一般受験だった。周囲を若者たちに囲まれ、パニック状態でのスタートだった。そもそも人付き合いは苦手な方だった。
間もなく、授業が始まった。その中に、『医学部新入生ゼミナール』という授業があった。これは、医学部の1学年、医学科も保健学科も混合の少人数のグループを作って担当教授の下ディスカッションを行い最後にグループごとに発表するという授業だった。
ただでさえ混乱しているのに加え、普段は顔を合わせることもない医学科の学生と基礎棟で授業を受けるのは、疲れる作業だった。これから医療人として『チーム医療』を機能させるために、若い学生たちにとっては必要な事なのかもしれない。必修科目だったのでとにかく出席する、そんな授業だった。
始まってみると、やっぱりどこか異常だった。
指導教官はS教授。人当たりの良い方で先生そのものは特に悪い方には見えなかった。異様だったのは、学生たちだった。授業中、テーマを決めてデイスカッションするのだが、教授の問いかけにだれも答えなかった。間が持たないので仕方なく意見を言うのだが、すぐに静まり返ってしまう。何度も意見を言うのも気が引けるので次第に著者も意見を言うのもやめてしまう、そんな空気だったのだ。
そんな中、ほとんど口を開かなかった医学科の男子学生が、突然、「かわいさ重視!」とか言い出す。「は?」それきりまた黙り込む。その学生は、慶應義塾大学医学部(武見敬三氏の父、武見太郎元日本医師会会長と同じ)に合格したのに、それを蹴ってわざわざ信州大学に入学したと聞いていた。
その中に、3浪して入学したというかわいらしい女学生がいた。「ご両親もお姉さんも医師」というご家庭の学生と聞いていた。その子がまた異常だった。少人数なので家庭用ダイニングテーブル程度の机で向かい合って授業を受けているのに、サクマのドロップスみたいなキャンディの缶を子どものように抱きかかえ、ひたすら口に入れていた。
「えっ、何この子!?見えてるんだけど・・・。発達障害か!?」当時はそう思った。

そう思ったが、だれも何も言わなかった。教授でさえも見て見ぬふりだった。著者も授業中に眠気覚ましに口にもの(辛いガムとか)を入れることはあったが、見つからないように気を使っていた。今思えば、「ご両親もお姉さんも医師で相当なプレッシャーの中、3浪してよく頑張ったね。」ということだったのかもしれない。それにしても、3浪しているので21歳でしょ・・・。医学科なら何しても許される・・・。そんな雰囲気を感じた。
「両親が医者だと、教授も文句言えないのかな…。高額な寄付でも受けているのかな。」私には医者とか教授とか、どうでもいいことだった。知りたいことがあったから、必死で受験勉強して一般受験で入学した。「医学部には、世間とは違う空気が流れているのだ。」そう感じた。ただでさえ疲れる授業が、さらに気が重くなった。
そして間もなく、無言電話が始まり、「文系扱い」「偽物扱い」が始まった。
長野県松本市、信州大学医学部、とにかく、異様な場所だった。今思い出しても胸が重くなる。振り返って、今の日本。毎年1兆円ずつ上がっていく医療費、生活をを圧迫するほどの社会保険料、毒ワクチンを打ち込む目的で計画される人工パンデミック、超過死亡や多くの健康被害も起きているのに本気で救済や賠償責任と向き合おうとしない国。この異様さがあのとき感じた異様さと見事につながっている。
『医療業界には、悪魔がいる』
そういうことなのか。もちろん「医療従事者全員が悪魔だ!」といっているわけではない。「患者さんのために」そう願って懸命に汗を流している人もいる。しかし、「医者の指示通り」そう信じ込んでいる輩がいることも事実なのだ。大方の医療従事者は、普通の感覚をもったまっとうな人たちだと思っている。そう思い込ませてしまっている我々にも責任はある。しかし、一部に我々とは違う思考形態をもった違う生き物がいる。確かに、いる。2度と関わりたくない。
『長野県』という場所ー長野県小学校教員赤化事件ー
住んでみて分かったことだが、長野県は実は左翼の県なのだ。自民党より民主党が強い県なのだ。松代大本営があったのも、長野県。日本国憲法の素案を作った東大法学部宮澤俊儀教授も長野県人。軽井沢には、ビル・ゲイツ氏の別荘もある(仲介は、孫正義氏らしい)。ある意味、戦後の日本の左傾化を誘導したといったもいいのではないだろうか。『左翼エリート』が支配する場所なのだ。
考えてみたら、かの有名な諏訪大社の御柱祭。屈強な男たちが丸太にまたがって、急峻な山の斜面から滑り落ちる(狂気の沙汰としか思えない)危険なお祭りである。あれは、『ノアの箱舟』を模したものではないかと言われている。江戸時代には、ユダヤ教の一説をお芝居にした演劇なども行われていたらしい。

さらに587年とされている『丁未の乱』。一般的には仏教を広めたい蘇我氏と神道を守りたい物部氏の宗教戦争のように語られている歴史である。物部宗家の宗主、物部守屋は蘇我氏によって討たれた。しかし、守屋の次男とされてる人物が、追っ手を逃れて長野県の諏訪大社に逃げ込んだというのである。そして、匿ってもらう代わりに諏訪大社を守っていくことになったというのである。物部氏が護ってきた神道祭祀は天皇家の祭祀とも重なるものであり、古代のユダヤ教につながっているという説もある。
『守屋の次男』ではないけれど、次の動画はとても参考になると思います。
『御柱祭』『長野県の左翼エリート』『創価学会=ロスチャイルドのエージェント』などの事実と照らし合わせると「さもありなん。」と感じてしまう。
当時、自民党が『長野県の自民党員増!』を掲げて熱を入れている様子をテレビで見た。地方は当然、自民党が支配していると思い込んでいた著者は、意外に感じたことを覚えている。
そしてさらに長野県は、この左翼エリートと創価学会が密接につながっている土地でもあるのだ。その発端となった事件が1933(昭和8)年の『長野県小学校教員赤化事件』と呼ばれる特高警察による思想弾圧事件である。1931(昭和6)年の満州事変以降、中国との全面戦争へと軍部が突き進む中、特高警察による左翼運動家たちへの弾圧が厳しくなっていく。長野県下でも日本教育労働者組合(教労)への監視が始まっていた。教労の上部組織ともいえる日本労働組合全国協議会(全教)は、コミンテルンの日本支部として位置づけられ、内務省から解散命令を受ける、そんな時代だった。
舞台は諏訪湖に近い永明小学校。京都大学出身の若い左翼教員たちによる「読書会」という形で左傾化の波が広がっていった。そして1933年2月4日以降、長野県の小学校から先生たちが消えていく。約3か月余りの間に、検挙者は230人、検察へ送られた者83人、起訴された者29人という数の若い教員たちが検挙された。当局側の目的としては、若い優秀な若者たちの思想転向(左→右)、そして戦時体制に組み込む、このようなことが背景にあった。(どっちもダメでしょ)
そして、職を失い行き場をなくした先生たちの何割かは上京し、再出発を試みる。そこで出会ったのが、東京で小学校校長を務めていた創価学会初代会長牧口恒三郎だった。行き場を失った若い左翼エリートたちが、親子ほども年の離れた牧口を慕うようになった理由もわからなくもない。そして彼らは牧口の勧めでまず日蓮正宗に入信することになっていく。
これが、長野県の左翼エリート先生たちと創価学会の接点である。そして、創価学会幹部として創価学会をロスチャイルド、中国共産党とも渡り合う巨大組織に仕立て上げていく。
2005(平成17)年以降、信州大学で学生をしていた当時、集団ストーカーの中に「若い頃、学校の先生をしていた人(女性が多かった)」がかなりいた。そもそも大学教授も教員である。「なんで先生たちにいじめられなきゃならないのか」一方で、創価学会であることも見えてきた。その理由が、この長野県という土地にあったのだ。
他の場所とは違う、何者かが支配する場所。そんな気がしていた。実際に、長野県の他の地域出身の方から「松本だけ雰囲気が違う」と聞かされたこともある。「松本市は『商人の町』なんだよ。」とても仲よくしてくれた数少ないお母さん友達から聞いたその言葉が、今も心に残っている。
『商人の町』・・・『(黒い)商人の町』ではないのか。『黒い商人』、カナン人、フェニキア人、ベネチアの黒い商人などと言われているそれである。そことつながるものが、確かにいるのではないか。『長野県松本市』はそういう街なのだ。かつては甲子園の常連校として有名だった『松商学園』、『日銀』、『信州大学医学部』、『松本大学薬学部』などの『金のなる木』、そして、素晴らしい自然が織りなす風景もあることから、『メディア』とのつながりも深い。多くのテレビドラマや映画の舞台となっている。街そのものが舞台セットであり、市民はエキストラ、そんな街だった。だから、生きた人間を丸ごと別人とすり替え、別人に仕立て上げる、そんなふざけたあり得ないことが起きたのだ。すべては『金儲け』のため。儲かれば何でもいい・・・。
『ふざけるな!!!』
それと同じものが、高校卒業まで暮らした実家のあるこの町にもその触手を伸ばしている。ここだけではない、それから逃げるように移り住んだ東京都や福島県までも追いかけてきた。
そしてそれは、メディアに強い影響力を持つ『創価学会』とも重なるのだ。
これが日本を長い間闇から支配し続ける者たちの一面であり、「トカゲのしっぽ」ではないだろうか。この集団がある限り、だれが総理大臣になっても何も変わらない。総理になった瞬間にいうことが変わり、本性が現れる。
奇しくも今日は2026年7月8日。4年前、安倍元総理大臣が銃弾に倒れた日だ。安倍元総理の著作『安倍晋三回顧録』に次のようなくだり(P132)がある。
財務省の幹部は、参院のドンと言われた青木幹雄元参院幹事長や、公明党の支持母体である創価学会幹部のもとを頻繁に訪れて、安倍政権の先行きを話し合っていたようです。そして内閣支持率が落ちると、財務官僚は、自分たちが主導する新政権の準備を始めるわけです。
『安倍晋三回顧録』 安倍晋三元総理大臣 著
財務省の中で出世していく役人は、『東大法学部』でしたね。それは『東大法華経研究会』ともかぶるのではないか。そんな気がしてならない。
生後2か月から始まるワクチンの正体
前置きがとても長くなった。本題に入る。
前回までのブログでファイザーのコミナティ筋注(5~11歳用)、B型インフルエンザワクチン『アクトヒブ』の副反応についてお伝えした。ほとんどのケース(54/69)でアクトヒブとプレベナー(ファイザー株式会社製 肺炎球菌ワクチン)が同時接種されていた。mRNAを使った遺伝子ワクチンであるコミナティ筋注だけでなく、従来から定期接種されているワクチンでも様々な副反応が起きており、生後数か月で亡くなられたお子さんも多数いることが分かった。
前回のデータは医療機関から重篤例として報告されたもののみをまとめたものだが、今回は、同時に製造メーカーであるサノフィ株式会社(アクトヒブ)とファイザー株式会社(プレベナー)から重篤と報告されたものも含めてまとめたものである。
- 元データ:厚生労働省厚生科学審議会 平成25年度第2回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成25年度第2回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)配付資料 (参考2 これまでの報告一覧)
- 報告期間:2008年12月~2013年3月31日
- 男子217名 女子168名 不明24名 計409名
- アクトヒブの反応として報告された報告数:医療機関 69例 サノフィ株式会社 163例
- プレベナーの反応として報告された報告数:医療機関 25例 ファイザー株式会社 152例
- 転帰:回復261名、軽快91名、未回復12名、不明45名(死亡例は入っていない)
- 接種ワクチン:アクトヒブ230名、プレベナー310名(アクトヒブとプレベナー同時接種は151/409名)、DPT47名、ロタリックス11名、イモバックス・MR・ロタテックそれぞれ3名、ビームゲン2名、テトラビック・クアトロバック・B型肝炎(不明)・HA・水痘 それぞれ1名
となっている。アクトヒブとプレベナー、医療機関とメーカーで重複していると思われるケースは極力省いた。

多い順に、
- 発熱 161名
- 血小板減少性紫斑病 58名
- 熱性痙攣 48名
- てんかん・無熱性痙攣 34名
- その他神経系(意識変容、失神、顔面/外転神経異常、脳(ヘルニア)症、無力症他)31名
- アナフィラキシー 28名
- 発疹・蕁麻疹 22名
- 接種部位腫脹・発赤 20名
- 呼吸器症状(呼吸停止・呼吸異常・チアノーゼ、喘息・喘鳴) 18名
- 川崎病 16名
- 肺炎、肺炎球菌性菌血症 16名
- その他感染症(髄膜炎、中耳炎他) 16名
- 白血球増加、CRP上昇 15名
- 多型紅斑・全身紅斑 14名
- 下痢・嘔吐・胃腸炎 10名
- 肝機能障害、肝不全 9名
- 高熱(あえて「高熱」と表現されたもの) 6名
呼吸器症状の中で、気になる症状がある。呼吸停止6名、呼吸異常・呼吸困難2名、チアノーゼ3名である。幸いにもその後回復されたが、これは発見が遅ければ死亡にもつながる可能性がある、危険な症状である。実際、死亡された子どもたちの症状にも多く見られるのだ。
死亡例も多数報告されている
では、厚生労働省厚生科学審議会第2回(2013.6.14)と第4回(2013.10.28)の会合で報告された過去の死亡例を見てみる。
第2回(2008.12~2013.3.31)の死亡報告
- アクトヒブ:医療機関から 23件、サノフィ株式会社から 4件
- プレベナー:医療機関 18件、ファイザー株式会社 1件
第4回(2013.4.1~2013.7.31)死亡報告
- アクトヒブ:医療機関から 3件、サノフィ株式会社から 0件
- プレベナー:医療機関 3件、ファイザー株式会社 0件
そして、第2回の「資料1-1-3 ヒブワクチン及び小児用肺炎球菌ワクチンに関する死亡報告」、第4回「資料1-5 2013年度に報告されたワクチン接種後の死亡症例一覧」から得られた36名のデータから、亡くなった時の状況についてまとめた。(子宮頸がんワクチンは除く。)

平成25年度第4回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成25年度第5回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)資料


亡くなった時に起きていた症状
- 呼吸停止 14名
- 心肺停止 8名
- 発熱 5名
- 痙攣・痙攣重積 3名
- 嘔吐・下痢 2名
以下1名ずつ、36名の状況である。(複数の症状の方もいる)内訳は、
- 男子 19名、女子 17名
- 月齢 6か月未満児 23名、6か月~12か月未満 8名、1歳以上2歳未満 4名、2歳児 1名
- ワクチン接種から異変発症までの時間
接種当日 2名、翌日 13名、2日後 6名、3日後 3名、5日後 1名、7日後 2名、13日後 1名、不明 8名 36名中24名が、ワクチン接種後3日以内に異変が発生していた。
亡くなった子どもたちは基礎疾患として挙がっている情報があるのは5名。うち2名は早産児であり、脆弱性は否めないにしても疾患とは言えない。この乳児たちの体調急変に、ワクチンが関係していることはほぼ間違いないのではないか?そもそも元気だったからワクチン接種したはずである。
亡くなった子どもたちの死亡原因(疑い含む)
- 乳幼児突然死症候群 10名
- 不明 7名
- 記載なし 6名
- 自己免疫性溶血性貧血劇症化 2名
- 窒息、窒息疑い 2名
- 肺炎 1名
- 呼吸不全(誤嚥疑い) 1名
- 急性肺水腫(誤嚥疑い)1名
- メタニューモ感染症疑い 1名
- 急性循環不全(うち、疑い1名) 3名
- 劇症型心筋炎 1名
- 急性心不全 1名
うつぶせの状態で発見されたとされているのは、36名中5名だった。
ほかにはっきりとした死因が特定できない場合につけられる診断名「乳幼児突然死症候群」、「不明」、「記載なし」を合わせると23名。ワクチン接種から10日も経ずに起きる原因不明の突然死。全てではないにしても、この主な原因が生後2か月から始まるワクチン接種にあるのではないかという疑念を持たずにはいられない。36名中23名が6か月未満児であること、これもこのことを裏付けているのではないだろうか。
日本小児科学会の推奨するワクチン接種スケジュールである。今回調査したアクトヒブ、プレベナーを始め複数のワクチンが生後2か月から複数同時に始まる。初回3回は約1か月ごとに接種することが推奨されている。さらに、1歳になる頃に追加接種が必要なワクチンもある。今回の調査では、亡くなった子どもたち36名のうち23名がまさにこの『初回ワクチンラッシュ』である生後2か月から6か月の子どもたちである。

日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール 2026.4.1版|会員・医療関係者の方|公益社団法人 日本小児科学会
ワクチンの接種状況
では、肝心のワクチンは何が接種されたのか。
- アクトヒブ接種 33名
- プレベナー接種 26名
- DPT接種 12名(化血研 4名、阪大微研 1名、北里第一三共 6名、タケダ 1名)
- ロタリックス 3名
- テトラビック接種 2名
- クアトロバック 1名
- イモバックスポリオ 1名
- ロタウイルスワクチン(メーカー不明) 1名
- MR(阪大微研) 1名
- BCG(日本BCG) 1名
接種状況としては、36名中
- アクトヒブ+プレベナー同時接種 24名
内訳は、アクトヒブとプレベナーのみ 14名、他のワクチンも接種した 10名(DPT+イモバックスポリオ 1名、ロタリックス 1名、DPT 6名、ロタ(不明) 1名、混合不活化ポリオ+ロタリックス 1名)
- アクトヒブのみ 4名
- アクトヒブ+DPT 4名
- アクトヒブ+BCG 1名
- プレベナー+MR 1名
- プレベナー+DPT 1名
- クアトロバックのみ 1名
この結果だけを見ると、アクトヒブとプレベナーが最も接種されており、副反応を発症する仕組みに関与しているのではないかという印象を受ける。
今も厚生労働省や日本小児科学会によるワクチンの定期接種が推奨されている。今回のデータは2008年から2013年と10年以上前のものではあるが、生まれたばかりの乳児にワクチンを接種することに対して懸念を抱かずにはいられない。
基礎疾患のない健康な乳幼児が、不適切なワクチン接種が原因で亡くなっているとしたら、恐ろしいことである。
元NIHの研究者・ウイルス研究者・小児科医の語るワクチンの真実
次の動画は、アメリカ国立衛生研究所(NIH)に留学経験もあるウイルス研究者で小児科医でもある本間真二郎先生の、ある意味「暴露」である。ぜひ、ご覧ください。
この動画によれば、
- すべてのワクチン接種は『任意』である。「打つか打たないか」は、自分で決めなければならない
つまり、「何が起きても国は責任取らないよ」ということを意味しているという。そして、ワクチンのプロフェッショナルである本間先生は、ご自分のお子さんには、「1度も打っていない」と明言されている。自己責任なので、ちゃんと調べて判断すべきであり、その決定については尊重されるべきである。そうおっしゃっている。
- ワクチンの効果は、一般的に考えられているよりずっと小さい。
- ワクチンは、「打てば打つほどタイムラグをもってあらゆる副作用が累積的に表れてくる」しかも副作用の情報は、「完璧に隠蔽されてきた」
副作用の情報は、定期接種でほとんどの人が打つことで、比較対象を基本とする副作用の研究ができないようになっているというのだ。
「ありとあらゆる副作用」、まさに副反応報告を見ていると神経系、呼吸器系、循環系、消化器系・・・ありとあらゆる症状がみられるのだ。『神経毒』という言葉が思い浮かぶ。脳神経系を破壊すれば、全身に影響するからだ。
また、新型コロナのmRNAワクチンも含めて「接種翌日」「接種3日後」、中には「接種30分後」に発生した異常事態に対して、「評価不能」「因果関係は評価できない」といった評価が下されている。新型コロナワクチンの副反応と同様に、厚労省は国の責任を認める気がないのだ。これが「すべてのワクチンは任意です。」ということなのか。
定期予防接種スケジュール
下表は、国立健康危機管理研究機構が推奨する「定期予防接種スケジュール」である。
生後わずか2か月、ようやく首が座ったころからこれだけのワクチン接種が始まるのだ。前述の本間先生の動画では、「すべてのワクチンは、任意である。」つまり打つか打たないかは、自分が、乳幼児であれば保護者が決めていいのである。

かつては、予防接種法によって義務化されていた。しかし、1994年の法改正によって「義務接種」から「勧奨接種」に変更された。任意なのである。
しかし、現状はどうなのだろうか。約30年前の自分を振り返ってみると、「予防接種は親の義務なんだ。」と思い込み、スケジュール通り言われるがままに子どもたちに予防接種を受けさせていた。
今も、多くの親御さんたちが同じ状況なのではないだろうか。
では各ワクチンメーカーから推奨されている接種方法や予想される副反応の情報はどうなっているのか。
【アクトヒブ(インフルエンザ菌B型)】
- 初回免疫 生後2か月~6か月末の間に接種開始。4~8週間の間隔で3回接種
- 追加免疫 初回免疫後1年の期間を開けて1回接種 概ね1歳半までに4回接種
- 発熱、痙攣や血小板減少性紫斑病、アナフィラキシーなどは、予想される副反応として記載がある。


【プレベナー(肺炎球菌)】
- 初回免疫 生後2か月~6か月末の間に接種開始。27日以上開けて3回接種
- 追加免疫 12~15か月の間に行うこと
- 発熱、痙攣、アナフィラキシー、血小板減少性紫斑病などは、想定されている。


定期接種スケジュールは、これらの説明書に従って作られているものと考えても良さそうである。
これを見ると、実際に副反応として現れた症状の多くはメーカーの説明書類にある症状であり、「想定される範囲内なので問題無し」ともとれる。しかし、これらの副反応によって実際に医療機関に受診しなければならないという状況が起きているということは、想定内だからとして見過ごしていいものなのか。接種しなければほぼ起きなかった状況であり、何より生まれたばかりの尊い小さな命が失われている。このことを医療行政を担う者たちは真正面から受け止めているのか。
新型コロナワクチン同様、残念ながらとてもそう見えない。
『予防接種行政』の経緯
昭和23年6月30日公布(芦田内閣当時)の「予防接種法」がある。第1章総則から引用すると・・・。
目的 第1条
この法律は、伝染のおそれがある疾病の発生及びまん延を予防するために公衆衛生の見地から予防接種の実施その他必要な措置を講ずることにより、国民の健康の保持に寄与するとともに、予防接種による健康被害の迅速な救済を図ることを目的とする。
(平六法五一・平二五法八・一部改正)
さらに、
第二条 この法律において「予防接種」とは、疾病に対して免疫の効果を得させるため、疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを、人体に注射し、又は接種することをいう。
さらに、対象となる「A類疾病」として、次に掲げる12の疾病が定義されている。
- ジフテリア
- 百日せき
- 急性灰白髄炎
- 麻しん
- 風しん
- 日本脳炎
- 破傷風
- 結核
- Hib感染症
- 肺炎球菌感染症(小児がかかるものに限る。)
- ヒトパピローマウイルス感染症
- 新型インフルエンザ等感染症
さらに具体的な制度設計として、2013(平成25)年4月厚生労働省健康局結核感染症課の資料「予防接種制度について」によれば、
- 予防接種対象となる疾病を追加し諸外国とのワクチン・ギャップを埋めること
- 副反応報告制度を設けること
- 接種後の結果について評価・検討し厚生労働大臣に提言するための組織を設けること
などを盛り込んだ予防接種法の改正が2009(平成21)年頃から進められていた。
その流れの中で、2013(平成25)年4月、Hibワクチン、小児肺炎球菌ワクチン、子宮頸がんワクチンについて、定期接種化された。
第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料|厚生労働省
しかし、子宮頸がんワクチンは定期接種開始からわずか2か月後、安全性への懸念を理由に「定期接種の推奨を差し控える」という事態が起きた。その後、9年を経た2022(令和4)年再び定期接種が始まった。
「予防接種法 目的第2条」では、「疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを、人体に注射し、又は接種する」とされているが、新型コロナワクチンの経緯と結果、さらに今回の調査結果を見ると、この法律から逸脱しているといえる。つまり、『違法なワクチン』と言えるのではないだろうか。
外国の製薬企業のワクチンであること
2013年4月に定期接種推奨の対象となったアクトヒブ、プレベナー、そして子宮頚がんワクチン(2種類)は全て外国の大手製薬会社の製品である。
- アクトヒブ(インフルエンザ菌B型) サノフィ株式会社(仏)
- プレベナー(肺炎球菌) ファイザー株式会社(米)
- サーバリックス(ヒトパピローマウイルス16、18型)グラクソ・スミスクライン株式会社(英)
- ガーダシル(ヒトパピローマウイルス6、11、16、18型) MSD株式会社(米)
そして、創価学会U.S.Aは少なくともファイザー株式会社の大株主であるということが言われている。さらに、2013年4月時点での定期接種推奨の対象ワクチンを増やさなければならない理由として、『諸外国とのワクチン・ギャップを埋める』という文言がある。
まるで、外国の製薬企業と一体化した厚生労働省が、「外国企業の株主たちの金儲けのために日本人(乳幼児まで)が必要のない、又は危険なワクチンをたくさん打ちましょう!」と旗を振っているように見えてしまう。。
そしてそれはまさに、2005年集団ストーカーと同時に始まった!?
このブログを始めたきっかけは、長野県松本市で信州大学医学部保健学科に入学して間もなく始まった集団ストーカーについて、その闇を暴くためだった。そして今、気になっていることがある。時間を追って並べてみる。
- 2005年4月
2006年4月
2008年4月
2008年12月
2009年1月
2009年12月
2010年2月
2010年3月
2010年4月
2011年3月
2011年5月
2011年8月
2013年4月
2015年3月
2019年10月
2019年12月
2020年12月
2022年5月
2023年9月
2025年1月信州大学医学部医学部保健学科(作業療法学専攻)入学
まもなく経歴等が書き換えられ、集団ストーカーが始まる理学部化学科へ転学部 「小島 恵美(当時)が2人いる」ことになり、偽物扱い始まる。以降、看護師資格もないのに、看護師扱いが始まる
後期高齢者医療制度開始
アクトヒブ販売開始
新型インフルエンザ(パンデミック2009)始まる
子宮頸がんワクチン(サーバリックス)販売開始
プレベナー販売開始
信州大学理学部化学科卒業
信州大学大学院工学系研究科に進学
東日本大震災が発生
信州大学大学院工学系研究科中退
子宮頸がんワクチン(ガーダシル)販売開始
信州大学大学院医学系研究科(分子薬理学)に進学
アクトヒブ、プレベナー、子宮頸がんワクチンが定期接種推奨の対象となる
信州大学大学院医学系研究科卒業
東京都で登録販売者試験に合格
東京都八王子市で調剤薬局に勤務(調剤事務)
ほぼ同時に、新型コロナ・パンデミックが始まる
東京都八王子市東京医科大学八王子医療センターに勤務(情報管理)。同時に、再び集団ストーカーが始まる。
東京都小平市の調剤薬局に勤務。まもなく周辺で救急病院の建設が始まる。
激しい集団ストーカー(救急車ストーカーも)に耐え切れず、福島県に避難。
実家である現在の住所(千葉県)に41年ぶりに帰還
今回ワクチンの副反応を調べてみて、まさに著者が集団ストーカーと格闘しながら信州大学で学生していた頃に、乳幼児の定期接種ワクチンでこんな大変なことが起きていたと知った。もし、当時気づいていたら、医学系大学院ではこれをテーマにしていたかもしれない。非常に情けなく、残念なことである。(言い訳になってしまいますが、副反応報告制度が始まったのはまさに著者が医学系研究科に進学と同時だったのでそれ以前にこの状況を知ることは無理だったのかも)
2005年に子どもと移り住んだ長野県で信州大学医学部に学生として通い始めた。その時から何か得体のしれない悪霊にでもに取り憑かれたようにおかしなことが始まった。それは今もまだ続いている。そして今41年ぶりに戻ってきた実家で実母(『創価学会員』であり、旧姓が『佐藤』)と暮らす中で、その実行犯が『創価学会』『統一教会』などの朝鮮半島由来の集団であり、さらに『藤のつく集団』であることに確信を持った。そしてまさにそれが、日本をむさぼり続ける外国勢力と一体化した『日本の闇』であることまで見えてきた。
なぜ、創価学会員が、(今同居する、84歳になる実母さえも)延々と私とすり替わろうとするのか・・・。私を創価学会員(しかも医療・医薬従事者)に仕立て上げ、利用しようとするのか。その理由をずっと考えてきた。そして見えてきたのが、医療・医薬、その他医療周辺業界(医療機器や検査試薬・病院建設なども含めて)を通じて巨大な富を貪る『医産複合体』なのだ。
この21年間の経験から、「自分が医療とつながるとろくなことが起きない」ことがわかる。著者個人にそんな影響力があるはずがない。しかしその「あるはずのないこと」を起こすためには手段を択ばないのが、この集団である。著者の場合、
- 実家が創価学会だったこと
- 実母の旧姓が『佐藤(フジ)』だったこと
- あくまで家系図の中での話だが、「桓武系」であること
である。つまり、彼らにとってこの家は、「同じ穴の狢」であり、「金儲けに利用していい家系」なのである。
だから、せっかく保育士資格を取得し、保育園に就職しても必ず激しい嫌がらせ・偽物扱いを受け短期間でやめることが続いた。この春にパート勤務した地元の保育園でも同じだった。そのために、実母サダ子(84歳↓)が私に成りすまし、私を偽物に仕立て上げてきたのだ。

実母サダ子↑は、昭和17年6月28日生まれの84歳。ベテランの創価学会員でもあり、宮城県出身。旧姓が『佐藤』である。いったいいつから私に成りすましていたのだろう。『精神異常』である。
さらに、家庭菜園&庭園作りに励みながら庭を掘り続けていて気付いたことがある。
この家は「桓武系」らしいことは、家系図で知っていた。(真偽のほどは不明)
「もしかして物部系の家系では…?」その理由は、やたら大きな石が出てくるのだ。
しかも、みな同じような模様のある石で道端でよく見かけるようなものとも違う。何か意味があってわざわざ埋めたのか・・・?と思うのだ。
「石」は、音読みで「せき」である。「石」→「せき」→「關(若い頃は関を使っていた)」
物部系の家系に「左大臣石上(いそのかみ)麻呂」という人物がいた。645年乙巳の変からわずか16年後。701年平城京への遷都で、旧都藤原京に留守役として置きざりにされたことでこの地で憤死。これを仕組んだのは藤原不比等。これをきっかけに以降、藤原氏全盛の時代が始まるのである。
物部氏は、神武天皇以前の日本の大王家(おおおみけ)とされている。その時代、中央集権的権力は存在せず、物部氏以外にもたくさんの豪族がいて、みなで協力し、合議制で政(まつりごと)を行っていた。
自然崇拝・多神教・八百万の神々・合議制・・・。古の日本列島の在り方を一神教的・中央集権的発想で塗り替え、日本を私物化した集団がいた。『藤』である。今も同じやり方で、富を独占しつづける。
我が家のような、『大昔、天皇家とつながる家』『末裔』みたいな家はいくらでもある。1300年前、天智天皇をそそのかした藤原鎌足とその子孫がやったこと、「他氏潰し」を、日本中で今もまだ続けているのではないか・・・?
こんな千葉のド田舎の『超貧乏な末裔』に、『創価学会員』であり『佐藤(フジ)』である母サダ子(84歳)が嫁に来たこと、そして今も「一人しかいない私を二人いることにするために」実母が毎日やっている偽装工作を見ていると、そんな気さえしてしまうのだ。
『物部系天皇家の末裔』を『藤原』と『創価学会』が乗っ取りにかかっているのだ!と・・・。
なのでとりあえず、外で働くのはやめた。そのために、減額承知で前倒しで老齢年金をもらい始めた。「医療・医薬複合体」は私を自分たちの業界で働かせ、公金を引っ張りたいのだ。そしておそらく、パンデミックを起こすのだろう。ワクチンで儲けるためだ。
1300年前から天皇家を背後から操り日本を支配し続ける『藤の付く集団』と、『創価学会インターナショナル』という世界的宗教団体として皇室さえ乗っ取ろうとする『池田教創価学会』。さらに明治維新で外国勢力の傀儡となってしまった天皇家。そこに纏ろう政治家・官僚・財界。この得体の知れない特権を持つ集団をいかに骨抜きしていくか。真の独立と主権在民を確立するために、一番必要なことだと思っている。
参考文献
- 創価学会秘史 高橋篤史著
- 東大法学部という洗脳ー昭和20年8月15日の宮澤俊義ー 倉山 満著
- VIRUS DOES NOT EXIST ウイルスは存在しない! 崎谷 博征著
- 安倍晋三回顧録 安倍晋三元総理大臣著
- 神武東征の謎 関 裕二著
- 消された王権・物部氏の謎 関 裕二著

