皇室典範改正について思うこと

新興宗教の闇

「皇室典範改正法案が成立」というニュースが飛び交っている。「わずか6時間余りの審議でスピード採決」「大阪府の副首都構想との絡み」など、なぜそんなに急いだのか、維新の吉村代表と近い高市総理大臣の思惑について、「何か裏があるのでは?」と勘ぐってしまいそうな状況である。

前回の投稿に入れた「実は物部系?」と今朝の出来事も絡めて著者の個人的な「天皇家論」をまとめてみたい。

今朝の出来事ーこれが、ご神木のエネルギー・・・ー

非常に個人的な話ではありますが、今朝(2026.7.18)いつものように庭仕事をしているときに起きた話をしたい。

この家の垣根はもともと部落の大半の家と同様に槇の木の垣根である。子どものころは家の周囲を槇の垣根が護ってくれていた。しかし、亡くなった父が除草剤をそこら中に撒いていたせいか、41年ぶりに戻ってきた庭の様子は様変わりしていた。多くの樹木は枯れてなくなり、槇の木の垣根はトタン板の塀にすり替わっていた。これを昔のような槇の木の垣根に戻すのも、今の目標の一つである。

枯れただけではなく、昨年実母サダ子(84歳 創価学会員 旧姓:佐藤)によって積極的に伐採されてしまった木も多くある。サダ子↓は、亡き父を目と鼻の先にある先祖代々の墓に入れずに弟に300万円で創価学会から購入させた遠い町にある墓に入れた。これが創価学会の墓苑事業である。それだけでなく、先祖の墓を守っていた三本の木まで切ったのだ。一体どういうつもりなのか?

著者撮影

そんな中で、庭の南側にある道路に面したところに著者が子どもの頃から立っている大木が何本かある。外観から、椎の木のようにも見えるのだが、詳しくはわからない。大きなしっかりとした肉厚な葉が茂り、その下の木陰は一瞬引くほど深い空間を作っている。子どもの頃は、ここで犬を飼っていた。

雑草や落ち葉を使った自然農を始めた著者は、そこら中から雑草を刈ってきては庭に敷き詰めている。昨日もその大きな落ち葉を利用しようと思い、それらの大木の下に行ったのだがなぜか恐くて奥まで入れなかった。いつもは普通に通り抜けできるのだが、昨日は違った。ほんの数mなのに、鬱蒼と葉が茂るその空間にたじろいだ。

今朝もまた掃除がてら大木の下に行き落ち葉をかき集めていた。その太い太い大木の根元を見たとき、なぜか心に衝撃が走り思わず熊手を落として手を合わせた。それから数分の間、顔を上げることもできないまま手を合わせつぶやいていた。「ありがとう、ありがとう、(ずっとほったらかしていて)ごめんなさい・・・。」涙が出そうだった。

「お前が帰ってきたから、もういい・・・。」そんな声が頭の中に聞こえたような気がした。

『ご神木』まさにそうなのだ。樹木は『神』の一つの表現『柱』なのだ。特に様々な環境の変化を乗り越え、何十年、何百年もそこに立っているような大木には強いエネルギーが宿っていると感じる。日本は古来から家や神社の守り神として樹木を植えてきた。『屋敷森』という言葉もある。

神社にも、心に残っている経験がある。数年前、東京の小平市で集団ストーカーと格闘しながら一人暮らしをしていた頃の事である。運転免許を返納してしまったので、どこへ行くにも自転車だった。小平から三鷹市へ続く『下連雀通り』というにぎやかな通りがある。三鷹のハローワークまで言った帰り道、交通量の多い通りを狭い歩道を使って走っていると『回走』の表示のバスが何台も通り過ぎた。(これも嫌がらせである)怖くなって思わず避難した神社があった。通りに面しているその神社に一歩入ると、中は別世界だった。周囲を木に囲まれて薄暗いその空間は、通りから数メートル入っただけなのに静けさに包まれていた。少し休んで落ち着きを取り戻し、また帰路に就いた。

『樹木』『神社』が織りなす空間には、確かに日常とは違う空気が存在している。そう思う。

近年スピリチュアル・ブームで多くの人が神社巡りをされているようだ。でも著者にとって『神社』は、どこか恐れ多い場所であり、避難所的存在でもあり、逆に怖くて気軽にふらっと入れる場所ではないのだ。

日本人は無宗教といわれているが、日本には私たちの心に生まれつき根付いた信仰がある。それが『神道(国家神道とは異なる)』であり、『多神教』『自然信仰』であり、『八百万の神々』である。自然の中に、暮らしの中に神々を見出し、人も自然の一部として自然と共存する暮らしを守ってきた。

『ご神木』『巨石』『湧き水』に神を感じ、神聖な場として守ってきた。そしてそれが自然を恐れ、節度ある暮らしを守ることにつながり、長い間日本人と自然との共存を実現してきた。

今それが、得体の知れない集団によって破壊されようとしているのではないか。

森林を失うということー日本人の精神・命・暮らしを破壊することー

最近巡り合った次の動画で、非常に感銘を受けた。どうぞご覧ください。

【ReHacQ高橋弘樹】

関 裕二先生のご著書は何冊も拝読している。

この動画で関先生は、「スサノオさんは、朝鮮半島から帰ってきた後に『日本には浮く宝が必要だ』と言って木を植えた。」とおっしゃっている。鉄器の製造が盛んだった中国や朝鮮半島では、木を燃料として大量に使った。山が丸裸になるまで伐採し、鉄器を作り、それを進んだ文明と思い込んでいたのかもしれない。その様子を実際に見たスサノオさんはきっと、「これでは日本は滅んでしまう。」と思ったのだろう。

スサノオさんが植えた木が日本の森を作り、豊かで清らかな水を作り、湧き出た水が動植物を育て、我々はそれをいただきながら命をつないできた。

森林を守ることは、すべての命を守ることにつながるのだ。

天皇家の行事にも『植樹祭』があり、天皇家の方が日本中で植樹をされている。これは、このスサノオさんのお話につながるのかもしれない。

ここは標高10mにも満たない関東平野の東端だが、『山武の地下水』は結構有名で、おいしい米や地酒もある。それは、ところどころにほとんど手つかずの低い山があり森があるからなのだ。最近、近所の方と「庭の畑がすぐ水につかってしまう」という話をしたときに、その方が教えてくれた。「ここは後ろが山だからねえ・・・。」実際我が家の庭は、数十cm掘ると地下水が出る。

20年位前から、日本中の土地が気づかぬうちに中国資本に買収され、山が丸裸になっているという状況が各地で起きている。熊本県の阿蘇や北海道の釧路湿原の状況は、代表的な例だ。主に太陽光発電設備が作られているようだ。

千葉県の過疎地域であるこの小さな町にも、太陽光パネルが並んでいる景色を見かけるようになっている。

電気代が気になる方必見!太陽光発電設置で電気代はどれだけ削減するの? | ゆめソーラー

釧路湿原自然再生プロジェクトデータセンター – 資料室編集
このサイトは釧路湿原と湿原自然再生事業に関わるデータを集めた情報サイトです。

このような動きは、そこに住む住民には説明されないまま、「気づいたらこうなっていた。」というほどにステルスで水面下で進んでいる。

少し前まで住んでいた福島県福島市でも、飯坂線の車窓から見える先達山の斜面が丸裸にされていた。当時「スキー場でも作るのかな・・・。」と思っていたが、やっぱりメガソーラーだった。当時の木幡市長は、これに対し「景観を損ねるような開発に異を唱える。」と声を上げていた。「頼りになる市長さんだな。」と感心して見守っていたが、昨年11月の市長選挙で33歳無所属新人の候補にその座を奪われることとなった。残念である。「何かの圧力では?」と勘繰りたくなる。

HIROAKI ITO – YouTube

東京都でも2022年明治神宮外苑再開発計画が始まり、さっそく樹木の伐採宣言が出された。アーテイストの故坂本龍一氏が亡くなる直前に小池都知事へ送った嘆願書は多くの伐採反対派の心を打ったに違いない。

日本ではなぜ木が伐られるか? 神宮外苑伐採の現場から考える – 集英社新書プラス

坂本龍一氏の期待に応えてくれた結果だろうか、当初予定の900本から619本へ減ったものの、2023年周辺住民の皆さんが起こした訴訟は敗訴。樹木伐採は進んでいる。再開発の目的は、

  • 神宮球場など老朽化した施設の整備
  • オープンスペースの拡充
  • 銀杏並木の保全と樹木の拡充(1904本→2304本)

とされている。保守・メンテナンスという意味では必要な工事でもあるのかもしれない。将来的には樹木の数は増加するということだが、約100年前に国民の奉仕によってみんなで植えた木々や、緑の少ない都心の憩いの場でもある神宮外苑に対する都民の思いは複雑であることも想像できる。

また、2021年~2023年東京都小平市在住当時、小平市でも周辺住民の憩いの場である「玉川上水」を16号と17号の接続のために分断するなどという話も持ち上がっていることを知った。玉川上水沿いの樹木も空から丸見えになるくらい伐採されたところもあった。「ならの木」が何本も病気になっている様子にも、何か違和感を感じた。(そういえば、安倍元総理が銃弾に倒れたのも「なら県」だった。)ちなみに、『なら』は韓国語で『国』を意味するという。

日本中の木を切り倒し、日本の命の水を枯らせ、私たちの暮らしを破壊し、私たちの心に根付いた信仰さえ捻じ曲げてゆく。数十年前から、そんな勢力が猛烈な勢いで日本中を侵食し始めたのだ。

そしてそこに『親中派』『創価学会』『統一教会』など、朝鮮半島とつながる勢力が関与していることは想像に難くない。

今回の皇室典範改正で決まったこと

皇室典範改正の議論が進む最中、2026年6月13日から6月28日まで、天皇皇后両陛下がオランダ・ベルギーを訪問された。両国からお招きいただいたとされているが、「オランダ」と聞いて気になった。その理由が現代ビジネスオンラインの記事で明らかになった。(URLを貼り付けようと思ったが、なぜかいくら検索しても出てこない)

両国とも、次の王様が女性であることが決まっている国なのだ。性別にかかわらず、第一子が次期王様になるというルールの国だったのだ。数年前から日本では、次期天皇をめぐって日本中で議論が続いている。皇室典範改正も着々と進んでいた。そんな中でのご訪問だったのだ。

では今回の皇室典範改正で何が決まったのか。

  • 女性皇族の結婚後の身分維持(皇族のまま)
  • 旧宮家の男系男子を養子として迎え入れる

この議論が始まったのは20年前ほど前でしょうか。急に「女性宮家」という言葉があふれ出し、有識者会議が行われる様子を頻繁に目にするようになった。理由は、

  • 男系男子の遺伝子を受け継ぐ天皇の後継者問題
  • 公務の人手不足

2600年男系男子のY遺伝子でつないできた皇統が途絶えてしまう可能性があるということと、皇族が減少傾向にあり公務がこなせないという実務的問題。これらを解決する手段として、今回の法改正が行われた。

どちらもどこか焦点がずれている気がする。

いきなりですが、個人的な立場としては、

国民と苦楽をともにし、国民の命と暮らしを守り、未来を明るくしてくれる存在としての天皇家と皇室は守りたい。しかし、それができないのなら、または、外国勢力や日本国内の特権集団と一体化して国民を苦しめるような存在であるなら、いい加減廃止するべきである。(本来は、終戦時に廃止すべきだったという意見)

こう思っている。

どうしても残る違和感がある。なぜ3年位前から急に『女性天皇推し』『愛子天皇推し』が始まったのか。皇位継承順位はすでに確定していたはず。急に嵐のように始まった女性天皇期待論。

教科書が教えない近現代史チャンネル – YouTube

この動画では、「2020(令和2)年11月8日の立皇嗣宣明という行事において今上陛下が秋篠宮文仁親王殿下が皇位継承順位の1位であると宣言されている」と説明しており、それはもう国の決定として決まっていることなのだという。

ではなぜ急に『愛子天皇論』が始まったのか、どこから湧いてきたのか?

仕掛け人がいるのでは?だとしたら、一体誰が仕掛けたのか?

皇統の存在意義ー天皇家・皇室の正統性は確かなのかー

天皇家という装置は時代によって為政者の思惑によって何度も形を変えてきた。まず、現在の皇統につながる初代天皇が神武天皇で、現在までそのY遺伝子が2600年続いているというのが定説である。

日本書紀の天孫降臨神話では、高天原におられた太陽神であり女神の天照大神が孫のニニギノミコトを日本を治めるようにと地上に送り出す。九州・高千穂の峰に降り立った(天孫降臨)ニニギノミコトはさっそく大山津の神の娘(木花開耶姫)を娶り、生まれたのが薩摩隼人の祖・海幸彦、天皇家の祖・山幸彦、尾張氏の祖・火明命の神々である。神武天皇は山幸彦の孫に当たり、天照大神の子孫である。以降、8人の女性天皇を含めて現在まで126代の皇統が受け継がれていることになっている。

しかし、この神話もどこまで信じていいのだろうか。

天照は男神であり、伊勢神宮には正妃である瀬織津姫も一緒に祀られている』という事実がある。

この説はもう一般常識といってもいいのではないか。次の動画を見てほしい。

日本人の歴史観は、何かに歪められている。私は真実が知りたいだけだ。|考察 志賀海神社

また、明治維新のとき北朝系で強力な攘夷論者だった孝明天皇は35歳という若さで突然崩御されている。それだけではなく、現皇室の祖先とされる明治天皇はすり替わった人物であるという見方もある。京都から江戸への遷都は、すり替えがばれないようにという目的もあったようである。

「すり替えなんて、あるわけない!陰謀論だ!」

そう言いたい気持ちはよくわかる。でも、あるんです!実際に21年間私自身がすり替えられてます!!!

昔から天皇家や皇室にほとんど興味がなかった著者は、「天照大神という女神が日本の神様の始まりです。」程度の知識しか持ち合わせていなかった。日本書紀を史実とする歴史教育の中で何も考えず、鵜吞みにして育ってきた。

日本の神代の記憶を伝えるとされる「日本書紀」がすでに間違っているとしたら、皇室そのものの存在意義から改めなければならない。ましてや、明治というそう遠くない過去にすり替えが行われていたのだとしたら・・・。

本当に議論しなければならないのは皇室典範の中身ではなく、正統性も含めた『皇室の存在意義』である。

  • 皇統とは何なのか
  • 皇統を守り、維持し続けることが、国民の未来にとって本当に好ましいことなのか。
  • 皇室の方々の人権も含めて、皇室の方々を政治利用することが本当に正しい形なのか

少なくとも明治維新後の歴史を振り返ってみても(後述)、残念ながらそうとは思えない。

国民のためでも、皇室のためでもないとしたら、いったい誰のための皇室なのか?

皇室を莫大な国費(生活費以外にも、大嘗祭などの宮中祭祀や毎年200億円近く計上される宮内庁予算、数十億円とも言われた秋篠宮家のリフォーム代など)を使って維持している現状が、今の国民の現実と照らし合わせて妥当なことなのか。(そのお金、本当はいったいどこへ行くの?)

このような問題について、今回の皇室典範改正の議論の中であったのだろうか。そんな議論をさせないように駆け足で法改正にもって行ったのではという印象は否めない。「今の国体と皇室ありき!」で一部の利害関係者たちが『勝手にやっている感』は否めない。

いったい誰のための皇統なのか!

明治維新は、『北朝』から『南朝』への政権交代だった・・・?

6月の天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギー訪問。日本とオランダの友好関係には長い歴史がある。江戸時代鎖国政策の下、長崎の出島で交流があったのは、一般的にはオランダ、中国、朝鮮、琉球王国だけだったとされている。

調査報道 河添恵子TV / 公式チャンネル – YouTube

実は日本とオランダは、1600年まさに東インド会社設立時から交流があるということだ。江戸幕府が始まったのは、1603年。江戸の鎖国時代、アジアでの貿易を独占していたオランダ東インド会社と、長崎の出島で貿易を行った。徳川家とオランダ王家は深い絆があるはずである。今上天皇は、北朝系の天皇である。この事実だけでも、日本の支配層は少なくともこの時代からヨーロッパの国際金融資本と交流があったことを意味している。これが何を意味するのか。

明治維新では、アジアの市場開発と植民地化というイギリス帝国主義の世界戦略の一部として、英国ロスチャイルド家が薩摩・長州を支援し、南朝系の天皇を擁立して徳川幕府系連合軍との戊辰戦争に持ち込んだ。つまり、イギリスを中心としたグローバル化の流れの中に、アジアにおける搾取の対象国の一つとして組み込まれた。実は、徳川幕府の背後にも仏ロスチャイルド家がいた。つまりどちらが勝っても日本はロスチャイルド家が支配することになっていたのだ。

この時のロンドン・ロスチャイルド家は、ナポレオンのワーテルローの戦いで大儲けしており資金力も圧倒的だった。このロンドン・ロスチャイルド家が『薩摩・長州&南朝側』についたのも、勝負を決めた要因であろう。

この時の徳川15代将軍徳川慶喜は、水戸藩の将軍であった。実はここにもからくりがあったのではないか。水戸藩といえば、黄門様で知られる水戸光圀公が朱子学の大家だった。中国から亡命した朱子学者朱舜水を師と仰ぎ、江戸にお招きして朱子学を江戸幕府の学問所で教え、水戸藩にも広めた。

このことと、最後の将軍が水戸藩の徳川慶喜であったことは、無関係ではないのかもしれない。次の動画では、これを『仕込まれた時限爆弾』と呼んでいる。

ChGrandStrategy – YouTube

つまり、朱子学を学び、『南朝を正統』とする水戸藩は、御三家でありながら薩摩・長州と同様に北朝である徳川幕府潰しに動いたのではないか。そうすると、鳥羽伏見の戦いで『錦の御旗(偽物の疑いあり)』を見た途端、逃げてしまった慶喜の動きも理解できる。

第14代将軍であった徳川家茂は御三家のひとつ紀州藩の将軍で、攘夷強硬派だった孝明天皇の妹である皇女和宮様を正妃として迎え入れる。家茂は、義兄でもある孝明天皇に対し攘夷を約束するも、1866年長州征伐の最中大阪城で突然の病に倒れる。まだ20歳の若さでの突然死である。

こうして、水戸藩の慶喜が第15代徳川幕府最後の将軍になった。そして、1867年1月30日孝明天皇も崩御される。この死因についても不審死との見方もある。

孝明天皇と14代将軍家茂が健在であったならば、今の日本はどうなっていただろうか。

明治維新の主役は、なぜ『薩摩』と『長州』だったのか・・・?

明治維新で活躍し、その後の日本を作り上げた偉人達やそれ以降の総理大臣たちの出身地が極端に偏っている問題。『田布施システム』と呼ばれている。現在の政治家たちの出自も朝鮮半島由来の方が多くを占めていて、統一教会や創価学会など、朝鮮半島系の宗教団体とも深く絡み合っているという事実。もうこれは、周知の事実です。(あの人もこの人も偉い人ほどみんな、「朝鮮飲み」)

No.21479645 朝鮮飲みに、コンス(韓国式お辞… – 日経平均株価【998407】の掲示板 2024/05/30 – 株式掲示板
朝鮮飲みに、コンス(韓国式お辞儀)、etc 隠す気すら無いようだwww

ではなぜ、明治維新の主役は『薩摩』と『長州』だったのか?

これは、「原爆が投下されたのがなぜ『広島』『長崎』だったのか?」と答えは同じではないか?

答えは、『イエズス会』である。イエズス会が拠点を置いた土地なのだ。

スペインから来た宣教師・フランシスコ・ザビエルは、イエズス会の宣教師であった。1549年8月15日、まず『鹿児島県』に入る。その後、島津藩に布教活動を許される。その後、長崎県の『平戸』や『周防国山口県』でも布教活動を行っていく。最初に上陸したのが『薩摩・鹿児島県』であり、三度目の正直でようやく布教活動を許されたのが『長州・山口県』だったのだ。そして、『平戸』には出島が作られオランダ・中国・朝鮮半島・琉球王国との貿易が行われる。

イエズス会 – Wikipedia

フランシスコ・ザビエル – Wikipedia

『薩摩・長州』とは、イエズス会とのつながりのある土地であり、『北朝転覆を狙った南朝』とは、16世紀にフランシスコ・ザビエル達が蒔いたイエズス会が擁立した天皇家ということではないだろうか。

RAPT | 日本が朝鮮人に支配されているという証拠。「田布施システム」こそが朝鮮人と金融ユダヤによる日本支配の始まり。

鹿児島、山口、長崎、広島は、イエズス会の宣教師たちが布教活動と同時に『武器商人』として商業活動を始めた土地であった。ポルトガル商人として来日した人物がイエズス会に入会した例も多く、イエズス会の布教活動と商業活動は一体化していた。つまり、イエズス会は『宣教師の皮をかぶったグローバリズム』だったのだ。そのイエズス会が根を張った土地出身者が明治維新後の日本の中心となり、近代日本が形作られてきた。イエズス会は、現在では神戸、東京、鎌倉などに大学や高等学校など協会だけでなく多くの施設を展開している。

もしかしたら日本は、江戸時代からすでにイエズス会の手中にあったのではないか。まさに、『まな板の上のコイ』

おそるべし、イエズス会・・・。

明治維新後の日本、実際のところ、どうなっているのか・・・?

『北朝』から『南朝』へステルスに権力交代が行われた明治維新。イエズス会に二人羽織された日本の、その後はどうなったのだろうか。

イエズス会との関係も示唆される長州・田布施の集団が、孝明天皇を暗殺し、まだ幼かった南朝系の明治天皇を擁立することで、まず、『玉(天皇)』を抱き込んだ。そして明治政府が神道を天皇制的国民教育の柱として天皇を神格化して政治的・思想的求心力を持たせた。と同時に、『自然崇拝・多神教・八百万の神々』を土台としてきた日本人の信仰の対象を『天皇崇拝の一神教』に変えてしまった。これは西洋諸国と肩を並べるための思想的武装化とも言え、これによって明治維新以降、日清戦争から10年おきに対外戦争をし続けることになった。

この時日本は、帝国主義であり軍国主義国家だった。「欧米列強を倒し『大東亜共栄圏』を守り、アジアの国々を開放するぞ!」と言いながら、やっていたことはアジアの国々を同化し、戦争物資や食料の補給地とすることだった。「やってること同じじゃーん!」ただの植民地主義だったのだ。

「そんなことはない。現地の人たちは、日本人に感謝しているぞ!」という声もある。それはおそらく、現地で異国の人たちと一緒に汗を流してくれた兵隊さんたちが素晴らしき日本人だったからである。赤紙1枚で兵隊にとられた普通の人々が、日本人として恥じないことを一生懸命やってくれたからだ。

イエズス会に乗っ取られた支配層の頭の中は、「欧米列強の帝国主義」と大して変わらなかった。というより、国際金融資本のお仲間だったのではないだろうか。おそらく今も・・・。そうではない人々は暗殺という手段で消されてしまった。

太平洋戦争では、アメリカとの国力から考えて勝てるはずのなかった戦争(しかも軍部は「1年半を超えたら勝てない」ことを昭和天皇に伝えていた)になぜ突っ込んだのか。戦争をやめるタイミングはいくらでもあったのに、なぜあれほどの犠牲を出すまで止めなかったのか。

戦争を始めること」は自国民に対する『ジェノサイド』である。

元気に普通に暮らす人々が、赤紙一枚で戦地に送られた。残された人々も、「死んだほうがまし!」なくらいの悲惨な暮らしを強いられた。

なぜ、支配層が(金儲けで)勝手に始めたしなくてもいい戦争で一般の国民が犠牲にならなければならなかったのか。

(現在の子どもたちのワクチンと同じである。打たなくてもいいワクチンを外国の製薬会社と厚生労働省が(金儲け目的で)勝手に定期接種化して乳幼児が犠牲になっている。)

戦争終結時に行われた昭和天皇とGHQマッカーサーとの11回の密談で何が話し合われ、何が決まったのか。今もなお続くアメリカ支配の原因はここではないかと思っている。つまり、戦後の『日本国民の資産(命や健康まで)も国土も、永久アメリカ属国化』と引き換えにして、昭和天皇の命と天皇家を温存したのだと。それが、日米安全保障条約と名前を変え今も続いている。

日本国内で起きる米兵の犯罪に対して、何もできない日米地位協定、日本の総理大臣までアメリカが決め、政治家も高級官僚もアメリカの利益のために仕事する。そして60年前から、『アメリカ支配からの解放』を餌に、コミンテルンである中国共産党が創価学会や日本共産党を使って『日本の中国属国化』を進めている。こうして、アメリカ・中国の利益と一体化した日本の支配層による、『この国体を守るだけの政治』によって、国民の財産だけでなく、命や健康、そして未来までも搾取され続けている。

その原因が太平洋戦争の終結時に交わされた密約にあるのではないか。

戦後81年、日本は戦争をしない国として歩んできた。表面的には日本は戦争に参加していない。しかし、阪神淡路大震災、東日本大震災や、毎年のように起きる集中豪雨や双子の台風、異常な猛暑、激しい気象災害、土砂崩れなど、本当に自然災害かと思うほどの災害で多くの人が亡くなっている。東日本大震災では一晩で2万人を超える大切な命の火が消えた。気象兵器・地震兵器という言葉も、もはや陰謀論ではない、現実だ。

そして、2019(令和元)年の新型コロナ・パンデミックである。日本人は西洋人と比較して被害は少ないが、確かに超過死亡が起きている。

人口動態調査 人口動態統計 確定数 死亡 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
人口動態調査は、我が国の人口動態事象を把握する上で重要な統計調査です。同調査は戸籍法及び死産の届出に関する規程により届け出られた出生、死亡、婚姻、離婚及び死産の全数を対象として、毎月実施されます。 人口動態調査では、一人の女性が一生の間に生…

薩摩・長州の流れをくむ政治家(田布施システムといわれている)たちの売国政策で、郵貯など国民の資産が外国に吸い取られ、一部の富裕層が資産を増やす一方で国民の手取りは減っていく。経済格差はどんどん広がり、子どもに満足に食事を与えることができない家庭もある。

子どもの頃、「夏休み」は待ち遠しいものだった。みんなそうだと思っていた。しかし、今は違う。ゆとりのない一部の家庭の子どもたちにとって、『給食のない夏休み』が辛くて苦しい時間になってしまっているのだ。これに対して支配層は、民間の『寄付』『ボランティア』『善意』の力に丸投げしている。

この事態は、天皇家以下、政府・官僚・財界など、支配層の責任である。この国の在り方や政治(資金の分配)が間違っていたからだ。その身の丈に合わない資産をさっさと分配してください。

経済的な資産ばかりでなく、個人情報や命や健康まで失っている。外国と一体化した国際犯罪組織がのさばり、特殊詐欺など昭和の頃にはなかったような犯罪が横行し、日本の土地までもが外国に売り飛ばされている。移民や留学生と称した偽装工作員がどんどん日本に入ってくる一方で、政府は彼らに生活費を援助したり、運転免許まで与えている始末。

『ものづくり日本』も今は昔。AIや半導体、自動車など一部のスーパー大企業は頑張っているが、伝統的なものづくりは廃れ、小規模生産者は苦境に追い込まれている。AIやEV、太陽光発電などは、近年世界中で巨額のマネーを吸い込んできた分野ではあるが、果たしてそれが期待に見合うものだったのか、隠されていた負の面やそもそも期待と実態にずれがあったのではないか。

農業などの一次産業もどんどん衰退化し、種子やエネルギー自給率から計算する食料自給率は数%とも言われている。安心安全な食糧さえ、自国で調達できない国になろうとしている。

まさに、日本消滅の危機に瀕しているという危機感は、多くの人が感じているのではないか。

こうなった原因は、明治維新で国際金融資本(帝国主義・植民地主義と一体化したイエズス会)に乗っ取られた支配層(皇室や貴族等の特権階級、政治家、財界などの富裕層)にあるのではないだろうか。

天皇家の皆さん、経済的な理由から家で満足に食事ができないので「給食のない夏休みが早く終わってほしい。」そんな子どもたちがたくさんいる日本になってしまっています。天皇家の莫大な資産を、こういった子どもたちがお腹いっぱい食べられるよう、寄付してください。

かつて仁徳天皇は、家々に煙が立たないことを憂いて年貢を止めたり、備蓄米の放出を行ったりしたそうです。今の日本は、『かまどの煙が立たない』状況です。このことを本気で憂いてくれていますか?

では、イエズス会って何なのか?

もうすぐ82回目の終戦記念日『8月15日』がやってくる。次の動画では、「ポツダム宣言受諾の日付けが改ざんされている。」とおっしゃっている。

この動画では、『8月15日』がイエズス会の重要な日であることが取り上げられている。

1534年イエズス会設立、1549年スペイン人宣教師フランシスコ・ザビエルの日本上陸、1945年日本の終戦記念日が『8月15日』で共通している!

やはり、日本とイエズス会には400年を超える深いつながりがあるのかもしれない。では『イエズス会』って何なのか?

wikiによれば、

イエズス会はカトリック系の男子修道会で。1534年にイグナティウス・デ・ロヨラを中心としてフランシスコ・ザビエル、ピエール・ファーブルら7人によって創設され、1540年にローマ教皇パウルス3世により承認された。

イエズス会 – Wikipedia

キリスト教のカトリック系宗派の一つということであり、その設立の目的はカトリック教会組織を立て直し、拡大してゆくプロテスタント勢力を抑えることとされている。ロヨラさんたちイエズス会設立当初の修道士たちは、かなりの高等教育を受けており、「神と教皇の戦士」として純粋に布教活動を行っていたとされている。大航海時代スペインやポルトガルが世界の植民地化・グローバル化を進める中、同じ貿易船に乗り込んでキリスト教カトリックの布教を行った。これがヨーロッパによるグローバル化を宗教の面から支えていくことになった。

日本の戦国時代、大名の中にもイエズス会宣教師たちと接触したものがいた。彼らは鉄砲などの武器を手に入れる一方で、キリシタン大名として布教を支援するものもいた。前述したが、『キリスト教の布教』と『商売』は一体だったのだ。織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちにも、イエズス会の関与が示唆されている。また、奴隷貿易なども行われていた。戦乱の時代を生き抜くために、イエズス会を積極的に受け入れ、自ら洗礼を受け『キリシタン大名』となる者もいた。

「僕らは日本をあきらめない」

キリスト教宣教師だけでなく、『武器商人』『奴隷貿易商人』としての側面もあったのである。そして、それは日本の支配層の中に確かに浸透していったのである。

世界ミステリーch – YouTube

さらに、真の目的は「カトリックの総本山であるローマ教会のなかに潜り込み、組織の内部から破壊すること」であった。

調査報道 河添恵子TV / 公式チャンネル – YouTube

『少数の分子を目的とする組織内部に送り込み、内部から破壊していく』これ、創価学会の『総体革命』そのものであり、コミンテルン勢力が敵を乗っ取るための常套手段である。

日本も、『イエズス会宣教師&武器商人』という少数精鋭の分子によって内部から破壊されてきたのだ。彼らはまず、外様大名や幕府といった支配層の中に入り込み、明治維新で天皇家をすり替え、政府役人を独占することによって、着々と日本破壊を進めてきたのだ。

古くは『カナン人』『フェニキア人』、後に『ベネツィアの黒い商人』と呼ばれていた、主に国際的な貿易・金融業などで莫大な富を築いた人々がいた。現在の国際金融資本家たちの原型となる集団で、世界を舞台に商業・金融業だけでなく詐欺・犯罪的行為も行い莫大な富を築き上げていった。

この集団が紀元前2~3世紀頃、地中海沿岸にカルタゴという国を作った。これを脅威と見たローマ帝国がカルタゴを滅ぼした戦争がポエニ戦争(紀元前264~前146年)である。この戦争でローマ帝国によって滅ぼされたカルタゴのカナン人たちは、ローマ帝国に対して復讐を誓った。

そのひとつが、『イエズス会によるバチカン乗っ取り』なのである。

天皇家は、だれのためにあるのか?

1993年の天皇皇后両陛下のご成婚からまもなくお世継ぎ問題が勃発し、なかなかお子様に恵まれなかったことから、両陛下はメディアなど世間の好奇の眼に晒され、大変な時期を過ごされたと思う。特に皇后雅子様はこちらが辛くなるほど大変な思いをされたのではないだろうか。それが、『適応障害』という病として現れたと思っている。(小室 眞子様も同様である。)

そして、2001(平成13)年、待ち望んだ愛子様のご誕生も「・・・女の子か・・・。」という声にかき消されそうになった。「男系男子を生んでこそ。」みたいな雰囲気に、ますます追い込まれてしまうような時間を過ごされたに違いない。

それが、2004(平成16)年、当時皇太子だった天皇陛下のあのお言葉「雅子の人格を否定するような動きがあった・・・。」というお言葉につながったと思っている。

2006年、秋篠宮家に悠仁様がお生まれになった。途端に日本中が『男系男子フィーバー!』に包まれた。まだ幼い悠仁様に対する『未来の天皇圧力』は、「メンタルがゆがんでしまうのでは?」と、余計な心配をしてしまうほどだった。一方で、御茶ノ水女子大付属中学校で悠仁様の机の上に『2本の果物ナイフが刺さった槍のようなもの』が置かれていた事件。

なぜ、犯人が校舎内に侵入できたのか、悠仁様の机を知っていたのか、なども含め、明らかに『天皇家・皇室を消そうとする勢力がいる』ことは確かである。他の子どもたちへの影響も含めて、非常に危険で悪質なやり方である。

2022(令和4)年、悠仁様が中学時代に書かれた作文の「コピペ疑惑」があった。実はこれと同じことが、2005年著者が40歳にして入学した信州大学でも起きていた。一般教養の課題はレポートが多かった。小学生の子ども2人と暮らす中で、時間をかき集めてレポートを書いた。ネットや参考図書から得た知識ではあったが必死で書いたレポートをコピペ扱いされた。

この事件を知った時、まさにこの時の状況が蘇ってきた。外から得た情報を自分なりに考察し自分の言葉に変えても、語彙や言い回しがよほど豊富でなければ結局似たような文章になってしまうのだ。それを、『コピペ扱い』しているのだ、と思った。

『未来の天皇だ!!!』と持ちあげたかと思うと、突然はしごを外す。ユーチューブの動画では、悠仁様を発達障害だとするようなものまである。

さらに、秋篠宮様の正当性を否定する説がある。お父上が皇室の方ではない、つまり、「Y遺伝子問題」である。しかしこれは、すでにお生まれになった時点で分かっていたはずのことである。それでも、我々国民に対しては上皇陛下の後継者の一人として、天皇家のご子息として説明されてきたのではなかったのか。だから著者は、『天皇陛下がご長男、秋篠宮様がご次男、清子様が末っ子でご長女』とつい最近まで信じていた。それがつい最近宮内庁から、「天皇陛下に弟はいない」という発表があり、知ったのだ。

だとしたら、今までの『男系男子説』は何だったのか。秋篠宮家のリフォームに数十億円が使われているという情報がある。それは悠仁様までの男系男子天皇が確定していたからではなかったのか。

秋篠宮家の長女眞子様のご結婚に際してもそうだった。2017(平成29)年9月、まだ初々しい小室圭さんと眞子様がそろって婚約会見をされた。日本中が、『おめでとうございます!!さあ、ご成婚で盛り上がるぞー!!』と明るくなった途端に起きたのが、小室圭さんのお母様佳代さんの金銭問題だった。

この件に関しても、感覚的に疑問がある。小室佳代さんの元婚約者A氏がもし全くの一般人だったなら、これから皇室と関わろうとしている人物達に対して単独で、400万円程度のお金のことで訴訟を起こすだろうか・・・。単独なら、やるとしてももっとこっそりとやるのではないだろうか。著者だったら「黙っててあげるからこっそり、後で倍返ししてね。」という具合に。

後ろに何かいるのでは・・・。

若い2人には何の問題もなかったこの問題。眞子様は雅子様同様、精神的に追い込まれてしまった。

著者は「天皇家 vs 秋篠宮家」とか、「男性天皇 vs 女性天皇 」とかに興味はない。それも、仕掛けられているのでは?むしろ分断を誘うその争いに乗ってはいけないと思う。

背後に、皇室を持ちあげたり、こき下ろしたりしながら、ぼろ儲けしている集団がいる。天皇家と秋篠宮家をライバルのように対立させて、ゲームのように楽しんでいる。と同時に、勝ち馬に乗って日本の乗っ取りを画策するものがいる。これも、『闘争管理方式』の形である。

古来より、天皇家は為政者によって権力争いや金儲けの道具にされてきた。

古くから豪族という力を持った一族は、天皇家に娘を輿入れさせて産んだ子を次の天皇に担ぎ上げるというやり方で外戚として天皇家を支配し、利用してきた。物部氏や蘇我氏など多くの豪族が同じやり方で天皇家と近い関係を維持していた。その中で最もその恩恵を受けたのが『藤原氏』だったとされている。

藤原氏と他の豪族との一番の違いは、その独占欲だろう。他の豪族を片っ端から暗殺し、失脚させ、天皇家の周囲を独占した。同じ藤原氏同士でも血で血を洗う跡目争いが行われた。いつしか『天皇家の正妃は藤原北家の女性だけ』というルールまで作った。これは昭和天皇まで続いた。

そして延々と日本を私物化し続けている。

女性天皇の時代に起きたこと

初の女性天皇とされる推古天皇の肖像である。554年、崇峻天皇崩御後、蘇我馬子の支持で即位した。これには天皇家とのつながりを独占していた蘇我氏の思惑があったとされる。

女性天皇の歴史をわかりやすく解説! – Samurai History

126代の天皇の歴史の中で、8人の女性天皇がいたとされている。女性天皇即位の背景には、次の男性天皇が成長するまでの中継ぎとしての役割があったとされている。

著者も世論と同様に、今のお若い皇族の方々の中で、敬宮内親王(愛子様)ほど皇室らしい方はいないと思っている。まさに、私たちが理想とする『皇女』と呼ぶにふさわしい方である。インターネットから拝見するだけでも、その品格や優しさは感じられる。天皇皇后両陛下の愛情いっぱいの子育てが、敬宮内親王のお姿に表れていると感じる。

それだけに、だからこそ、その表情が曇らないように、ご自身の未来を大切にしてほしいと願う。

天皇というのは歴史的に為政者(主に藤原氏)の日本私物化の道具として利用されてきた。特に女性皇族というのは、『暴力には無力』『御し易い』ということから藤原氏にうまく利用されてきたのではないかと思う。例を挙げてみる。

1.皇極天皇(在位642-645、後に重祚して斉明天皇655-661)

645(皇極4)年、『乙巳の変』のときの女帝である。皇極天皇の皇子である中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)の2人によって、三韓の儀という宮中行事の最中に、皇極天皇の目前で、当時天皇家に最も近い存在だった蘇我入鹿が殺害された。切り付けられた入鹿が皇極天皇に助けを求めるも、天皇は奥へと逃げてしまう。

これ、男性天皇だったら起きたでしょうか?宮中行事の最中に天皇の目の前で流血沙汰って、なかったのではないでしょうか。あったとしても、2人を差し押さえ、入鹿を救おうとする何らかの動きがあったのではないか。

この入鹿殺害を機に、藤原氏が天皇家の内部にじわじわと根を張っていくことになるのである。

2.持統天皇(在位690-697)

天智天皇の娘であり、天武天皇の姪かつお妃である。天智天皇の死後、吉野に隠居していたとされている天武天皇は、挙兵して天智天皇の近江朝を倒した。672(天武元)年、『壬申の乱』である。天武天皇が即位し、『皇親政治』が始まった。しかし、天武天皇の死後、病弱な皇太子に代わって即位したのが皇后である持統天皇である。この時、持統天皇とコンビを組んだのが、藤原不比等だった。これで、天武系に奪われた政権を『天智系+藤原氏』に奪取したのである。

持統天皇の寵愛を受け、不比等は律令制度を悪用して着々と日本の私物化を進めていく。日本書紀の編纂にも関わることで、勝者藤原氏目線の日本史物語である『日本書紀』が作られていくことになった。

3.孝謙天皇(在位749-758、重祚して称徳天皇764-770)

聖武天皇と光明皇后の娘であり、藤原不比等の孫に当たる。従兄弟にあたる藤原仲麻呂は、紫微中台という役所を設けその長官に座ることで「2つの政権」を作る。「光明ー仲麻呂体制」と呼ばれている。これにより、反藤原派を追い込んでいく。これに対抗したのが『橘奈良麻呂の乱』とされるが、この事件はでっち上げとも言われており、光明上皇后と孝謙天皇は恩赦で対応するのだが、仲麻呂は許さず、関係者443名を拷問、殺害、流刑という罰を与えた。

「楯突くものは、容赦なく抹殺する。事件をでっちあげてでも、粛清する。」

それが仲麻呂のやり方であり、「藤原」の伝統的処世術でもあった。

『日本を不幸にした藤原一族の正体』    関 裕二著

そして、ここからがさらに重要である。

『橘奈良麻呂の乱』を制した褒賞として、『恵美』の姓をもらって『恵美押勝』を名乗るようになった仲麻呂は、

  • 貨幣を勝手に鋳造する権利
  • 私的出挙の権利

を得るのだ。これは、『通貨発行権』を手にしたことと同じであり、財の貸し借り、金貸し業もやっていたということである。

民から徴収した税を使って金の貸し借りを行い、通貨を自由に発行する。これって、まさに、『黒い商人』であり、今でいうところの『国際金融資本』なのだ。

藤原鎌足は、百済の王子『豊璋』とする説がある。人質として、日本の大和政権の近くに幽閉されていた。7~8世紀の朝鮮半島にはすでに黒い商人の影響力が及んでいたのかもしれない。

仲麻呂の時代から『藤原氏』がやっていたことは、今の財務省や金融庁、国税庁そのものではないか!財務省の元の名称は『大蔵省』。これは律令制時代の名称そのままだったのである。

かつて『ノーパンしゃぶしゃぶ事件』で解体されることとなった大蔵省。東大法学部卒のエリート集団と『ノーパンしゃぶしゃぶ』この2面姓がまさに黒い商人であるカナン人そのものである。名称を財務省と変えた今でも、中身は変わっていないのかもしれない。『令和の財務省解体』が、必要かも・・・。

話はそれましたが、このように女性天皇が立つ時代、藤原氏が何らかの政治的野望を実現するための大イベントが起きているのです。今の女性皇族にそれが起きる可能性も、0ではない。

敬宮内親王が即位されたとき、女性天皇を利用しようとする動きがないとは言えない。いや、すでに始まっているのかもしれないとさえ思う。この突然始まった『愛子天皇論』にも、仕掛け人がいるとみている。ふわふわしたイメージや感情論だけで『愛子天皇論』で盛り上がる無責任な人たちは、敬宮内親王の背負うことになる大変な重圧や日本の未来について想像してみるセンスもないようだ。

『男か女か』『天皇家か秋篠宮家か』などの2項対立論は終わりにして、真剣にその背後で糸を引く勢力とは何かを想像してみるべきである。

国民にとっての天皇家とは・・・

実際、皇室典範改正以降『麻生系天皇』などという言葉が今ネットを賑わせている。そして麻生氏の背後にいるのは、上皇后美智子妃殿下で、天皇家の乗っ取りを企図しているなどという動画もある。一方で、天皇家の暴走にも歯止めが必要である。天皇家にも、いろいろな方がおられるのである。そもそも天皇家には、イエズス会が入り込んでいるのである。5世紀に在位した雄略天皇は、皇位争いのライバルであった親族をことごとく粛清して天皇の座に就いたといわれている。また、戦争を始めることは『国民に対するジェノサイド』である。

さらに、『創価学会との関連』も危惧しなければならない。『集団ストーカーのターゲット歴21年』の著者にとって、『皇后陛下や、上皇后陛下が創価学会員』という事実は、国民にとってむしろ悲劇的とさえ思える。創価学会による組織的犯罪は我々の普通の暮らしを破壊してきた。さらに、著者も含めた全国の集団ストーカーの被害者たちにとっては、創価学会と皇室とのつながりによって創価学会に特権が与えられてしまっているとしたら、もう絶望的な問題なのである。生身の人間を集団でいたぶり続けるこんな犯罪者集団がその特権によって守られているとしたら、もう『絶望』でしかない。いったい何人の被害者が自殺という道を選んだのだろう。

皇室の歴史というものは、ご本人の意向とは無関係(関係ある方ももちろんいるでしょうが)に政治的権力を握りたい勢力に利用されてきた『血みどろの歴史』という側面もあるのだ。

誰のための天皇なのか。

次の動画では、今回の皇室典範改正は、目先の問題として『皇室の公務を担う人材不足』を解消するためだという。

それだけなら、『女性皇族が結婚後も皇位を維持できる』だけでなく、公務の質と量を改善するなどの方法もあるはずだ。

『大阪副首都・大阪都構想』との絡みも懸念される。

いったい何を目的とした皇室典範改正だったのか。

何より日本という国の独立と国民の命・暮らしを守り、未来を明るく照らす皇室であってほしい。同時に、皇室の方々の人生が政治利用されたり、一部の特権階級の権力争いや金儲けの道具に利用されないことも大切である。そのためには、現在の国内外の国際金融資本や特権階級と一体化した皇室の在り方・そこを土台にしたこの国の国体にこそ、議論を向けるべきである。今回の皇室典範改正は、特権階級にとっての可能性だけが改善されたようにも見えてしまう。

明治維新後、一神教の世界に歩を合わせるように神格化されていった天皇。その形がそれまでの天皇家や日本の形とはかけ離れたものであることは何より戦争が物語っている。そもそも、強力な中央集権的権力がトップ・ダウンで民を支配し管理するという国ではなかったはず。いつからそうなったのか。

天皇家がお守りし、体現するものは、権威や権力ではない。『日本人の精神的支柱』であり、日本人が古来から受け継いできた世界に類を見ない『人としての信頼性』や『優秀で誠実な民族性』ではないだろうか。同時に、上から目線ではなく『国民目線』で国民の痛みをわかってくれる天皇家・皇室であってほしいと願う。

大変に失礼な言い方かもしれないが、『隣の天皇さん』であってほしいと思っている。以前、高校生か中学生だった敬宮内親王が、制服のままチョコ最中ジャンボを持って歩く画像を見て、ほほえましく思ったことを記憶している。「うちの娘と一緒だわ・・・」それでいいのではないだろうか。

余計な争いに巻き込まれずに、幸せな人生を過ごしていただきたいと思う。

覇権を狙う諸外国の世界戦略の中で、極東アジア・日本から搾取するための装置として傀儡として作り変えられ利用されてきた天皇家。そして搾取され続ける日本人。そろそろ本気でこの仕組みを壊さなければならないのではないか。

『真の日本独立』『真の主権在民』を実現できる国の形とは・・・?

そこまで踏み込んだ議論を期待・・・いや、支配層に期待していてはだめなのだ。我々国民が声を上げ、(平和的に)行動を起こし、大きな波を作っていくことだ。

参考文献

  • カナンの呪い 寄生虫ユダヤ3000年の悪魔学  ユースタス・マリンズ著  天童 竺丸訳
  • 環境改編変で世界支配をもくろむ軍事プログラム 気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル ジェリー・E・スミス著
  • 天皇と東大(上)  立花 隆著
  • 山県 有朋 明治国家と権力  小林 道彦著
  • バチカンの狂気   ジェイソン・モーガン著
  • 日本を不幸にした藤原一族の正体   関 裕二著
  • 聖徳太子は暗殺された ユダヤ系蘇我氏の挫折  田中 英道著

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